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いじめから戦争までストレスが関係?「トラウマ反応」防ぐには〜子どもとティーンのこころ育て

子どもとティーンのこころ育て

アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。

いじめから戦争までストレスが関係?
「トラウマ反応」防ぐには

何かと忙しい年末、ストレスがたまっていませんか?現代社会で生きる私たちは、多くのストレスを抱えて生活しています。ストレスは常に身近な存在とも言えますが、きちんと対処の仕方を知っておかないと、いつの間にかトラウマに変わっているかもしれません。今回は、「ストレス反応」と「トラウマ反応」の違いについて紹介します。

私たちはストレスを感じると、体内環境を調整する自律神経の交感神経が優勢になり、「闘争」や「逃走」のホルモンであるアドレナリンや、ストレスホルモンであるコルチゾールが分泌され、体内のエネルギーレベルが上がります。そのエネルギーを使って行動し、問題を解決できれば気分も良くなり、「自分はやればできるんだ」という肯定的な自己評価が生まれます。適度なストレスが健康に良いとされるのは、私たちはストレスにより積極的に課題に取り組み、それを解決することで前向きに人生を送れるからです。

しかし、機能医学を軸にしたトラウマ療法を提唱するエイミー・アピジアン博士によると、こうした通常のストレス反応ではなく、課題が解決しないままストレスホルモンが分泌され続けて体が疲弊し、活動をシャットダウンしてしまう、トラウマ反応と呼ばれる状態があるとのこと。横隔膜下の内臓を制御する「背側迷走神経」が優位になり、身体を守るために省エネモードに切り替わります。

「凍りつき」反応とも言われるこの状態に陥ると、私たちの体はエネルギー不足に。日常をこなすのもやっとになってしまいます。周囲からは普通に生活しているように見えても、体は重く、心の中は焦りや罪悪感、無力感などの自己否定の声でいっぱいです。

トラウマ反応を引き起こしやすいのは、責任感の強い真面目な頑張り屋タイプ。過度に他人に気を遣う反面、家の中では家族に怒りをぶつけたり、不安やうつ症状が現れたりする場合も。長く引きずると、免疫機能や甲状腺機能の低下、低血圧、消化不良、便秘、慢性痛、慢性疲労、冷え性など、体にさまざまな悪影響が出てきます。

体調が悪いのに、病院に行っても異常が見つからない場合、トラウマ反応の可能性も考えられます。誰かと話していても感情や現実感を伴わない、体の感覚が遠く感じる、という症状があれば要注意。

2022年11月に本コラムでも紹介した、逆境的小児期体験(ACE)を経験した人への大規模調査では、大人になってもトラウマ反応がいかに心身の健康を損ねるかを如実に示す結果が報告されています。虐待やネグレクトなどのACE10項目のうち4つ以上当てはまる人は、当てはまらない人に比べて学習や素行問題が32.6倍、うつは4.6倍、自殺未遂は12倍、アルコール依存症は7.4倍、慢性疲労症候群が6倍、線維筋痛症が4倍も増加、寿命にいたっては約20年も短いという驚くべきリスクが明らかになりました。

アルコールや薬物に依存したり、他人や自分を攻撃したりするのも、心の中に巣食う未解決の問題から目をそらすため。虐待やいじめ、さらには紛争や戦争もまた、個人単位や国家単位での未解決の問題がトラウマ反応を引き起こし、それが世代を超えて引き継がれている状態とも言えるでしょう。

では、このトラウマ反応から抜け出すには、どうすれば良いのでしょうか? まずは、やりたくない家事や仕事、不快な人など、日常生活で感じる小さなストレスに気付くことです。数分で良いので深呼吸してゆっくりお茶を飲み、温かさや香りを含め五感で味わってください。体に意識を向けて、少しずつ自分の安心できる時間を増やしていきます。体調の悪い自分を受け入れ、痛くない体の部分を探して感謝を伝えましょう。すると、自己否定が減って自律神経は次第に落ち着き、徐々に自分の欲求を認め、苦手な人からの誘いを断ったり、自分の意見を言えたりできるようになります。

ストレスに対して自分の中でどう折り合いをつけていくかが、トラウマ反応を回避するための鍵。まずは温かい言葉をかけて自分を労ることから始めてみましょう。全身をほっとする感覚で満たしてあげてくださいね。

参考文献

▪️The Trauma Healing Accelerated by Dr. Aimie Apigian
https://www.traumahealingaccelerated.com

ワシントン州認定メンタルヘルス・カウンセラー(認定ID:LH60996161)。ニューヨークと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の記事を寄稿。東日本大震災をきっかけに2011年にシアトルへ移住し、災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウエスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在、マイクロソフト本社の常駐セラピストを務める。hiroko@lifefulcounseling.com