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北米報知ジャパンツアー2025祈りの地・沖縄へ〜みんなの広場〜

北米報知ジャパンツアー2025
祈りの地・沖縄へ

北米報知、秋の日本ツアーは大相撲観戦から始まった。参加者29名。ほとんどが日本を何回か訪れている。初めての人は2名。そのため旅程はフレキシブルで、事前に申し出れば、途中からの参加も、旅程をスキップして個人行動をとるのもかまわないツアーだった。

沖縄の伝統的な守り神、シーサー

旅程は大 相 撲の翌日、電 車でJICA横浜(海外日系人協会、海外移住資料館)の見学、横浜中華街を含む市内観光、金継ぎ体験(東京)、新幹線で博多、長崎の後、沖縄観光と沖縄のガラス細工、紅型びんがた 染め体験、と盛りだくさん。JICAから桜木町駅に向かう途中、当時の香淳皇后こうじゅんこうごう の歌碑が目に入った。ここは戦後の日本に向けたアメリカからの支援物資(ララ物資)が届いた港。

「ララの品 つまれたる見て とつ国の あつき心に 涙こぼしや」

この物資は日系人を含むアメリカ人からの温かい援助だった。

ララ物資の碑。赤レンガパークそば、マリン・アンド・ウォーク・ヨコハマ前に建つ

大人数のため参加者を分けて、私は大相撲の代わりに鎌倉行き希望者の引率をした。

鎌倉といえば大仏を見逃すことはできない。江ノ電の電車を降り10分ほど歩くと高徳院(浄土宗)に着き、門の中をのぞくと高さ11.3メートル、台座を含むと13.35メートルの国宝、鎌倉大仏が目に入る。造立が開始されたのは1252年というが作者は不明。目の長さだけで1メートルもあり、うっすら目を開けてやや下を向き加減で座禅を組んでいる姿は、そこにいるだけで心を落ち着かせるパワーがあるようだ。

高徳院の大仏

高徳院から徒歩5分ほどのところに長谷寺がある。長谷観音の名で知られている本尊は十一面観世音菩薩像。木彫仏としては日本最大級(高さ9.18メートル)の尊像だ。

観音山の裾野から中腹に広がる境内に向かい散策路を上っていくと、鎌倉の海や街並みが一望できる見晴台がある。梅雨の時期には40種以上、約2500株のアジサイが映え、その風情は素晴らしいと聞くが、時機を逃してしまった。

出口の山門の手前には地蔵堂があり、何千もあるかと思われるお地蔵さまや水子地蔵の眺めは圧巻。ご先祖様のご供養のために建てられている。

長谷寺千体地蔵。先祖供養や水子供養のために奉納される

その後、江ノ電に乗り江の島に向かった。駅から江の島大橋を渡り、展望台まで歩いて25分ほど。登り道が辛い人のためには有料のエスカレーターもある。展望台のてっぺんからは晴れていたら富士山が見えるはずなのだが、曇りで残念だった。

新幹線で福岡へ向かったグループを後に私は沖縄へ戻り、4日後に那覇で出迎えた。

翌日、首里城へ。首里城は1429年から1879年まで450年にわたり続いた琉球王国の古城、世界文化遺産である。琉球独自の政治、外交、文化の中心として栄えた。6年前、火災に見舞われ現在も復旧工事中のため、内部の修理の状態は部分的にしか見学できない。2026年に完成を予定している。

首里城へ。ツアー参加者の皆さま

修理中の首里城正殿

首里城へ向かう入り口の守礼門

毎年11月3日(文化の日)を中心に開催される「首里城復興祭」。今年は6年ぶりにほぼ完成の正殿がテレビに映った。余談だが、首里城公園入口の守礼門は、2000年に発行された2千円札に映し出されている。沖縄ではこのお札を日常的に使い、ツアーの参加者も手にしていた。

守礼門が印刷された2000年発行の二千円札

沖縄ワールドではエイサー、三線のショーと食事の後、ひめゆりの塔、平和記念公園へ向かった。沖縄は日本でただ一つの戦場となり、4人に一人が亡くなっている。戦場に出向かなかった女性、子どもたちの隠れていたガマ(鍾乳洞)や、平和のいしじを見て回った。断崖絶壁の海岸に面して設置された平和の広場には、沖縄戦で亡くなった国内外の20万人余りの戦没者の刻銘碑こくめいひが、放射状に円弧の形で広がっている。その中心の「平和の火」は毎年戦争の始まった6月23日に灯もされ、そこから刻銘碑に通じるメイン通路は、中心線が6月23日「慰霊の日」の日の出に合わせて伸びている。

沖縄戦終結とされる「慰霊の日」6月23日に灯される平和の火

沖縄人の中に溶け込んでいる風情の中に、「いちゃりば、ちょうでい」という表現がある。「そこに居合わせば、みな兄弟」という遠い親戚同士のような感覚で、他人ではないのだ。それが平和の礎に外国人の名も含まれている理由だろう。平和を望む気持ちはみな一緒。戦争は二度と繰り返したくないという切実な願いなのだ。

平和の礎。国内外の20万人余りの戦没者の刻銘碑が平和の火に向かい弧を描いて建てられている

平和の広場が設置された断崖絶壁から見た海岸

ひめゆり学徒隊の追悼慰霊碑。平和を祈る場所として多くの人々が訪れる

ガマ。沖縄陸軍病院第三外科が置かれていたほり。学徒隊が多くの犠牲者を出した洞窟。自決した人も多い

最後の観光は、沖縄本島の北方面、古宇利こうりビーチで沖縄の海に触れ、ワルミ大橋を渡り、世界遺産の今帰仁城跡なきじんじょうあとへ。琉球大国が北山、中山、南山に分かれていた14世紀ごろから中国との貿易が盛んだったが、1416年中山に攻められ、1609年には薩摩軍による琉球侵攻にあい、城は炎上。現在は巨大に積み上げられた石の城壁に囲まれた城跡が残り、県民の精神的拠り所として参拝者が訪れる。沖縄は日本で一番初めに桜が開花するところで、1月中旬には寒緋桜かんひざくらが咲き誇るとのこと。

古宇利ビーチ

今帰仁城跡

次の美ら海水族館は車で約10分と近い。サンゴの大規模飼育で沖縄の海を再現し、ジンベイザメや巨大なマンタ、水深200メートルから700メートルで生きる深海の生き物の生態も観測できる水族館だ。イルカのショーなど、館内外のプログラムも多く2時間ほどでは見尽くせない。

今回のツアーは盛りだくさんで、特に沖縄ではそれぞれにもう少しゆったりした時間があれば、みんなもっと満喫できたのでは? と反省している。初めての沖縄で見るものが多く、せっかく来たのだからと詰め込んでしまった感があった。2度目からはオプションで興味あるものに集中する、という手もありかな? と思う。

天海幹子/沖縄

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天海 幹子
東京都出身。2000年から2005年まで姉妹紙『北米報知』ゼネラル・マネジャー兼編集長。「静かな戦士たち」、「太平洋(うみ)を渡って」などの連載を執筆。2020年11月に日本に帰国。同年、著書『ゼッケン67番のGちゃん』を刊行。