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ジューダス・アンド・ザ・ブラック・ メサイア

注目の新作ムービー

カリスマ・リーダーと裏切り者を描く

Judas and the Black Messiah
(邦題「ジューダス・アンド・ザ・ブラック・ メサイア」)

1969年12月4日、ブラックパンサー党のリーダー、フレッド・ハンプトンがアパートで寝ているところを14人の警官による急襲によって殺害された。同時に党員1人死亡、党員4人と2人の警官が負傷。警察側から発射された銃弾90余り、パンサー側からはたった1発という惨劇だった。この襲撃に至る経緯に何があったのか、その軌跡を追っていくのが本作。登場する人々や事件は全て実在する。

FBIと偽って車泥棒をして逮捕された若者、ウィリアム・オニール(キース・スタンフィールド)は、FBI捜査官のロイ・ミッチェル(ジェシー・プレモンス)に「事件をもみ消してやるからシカゴのパンサー党に潜入しろ」と持ちかけられる。たった17歳だったオニールは是非もなく、取り引きに応じる。

当時パンサー党イリノイ州支部長だったハンプトン(ダニエル・カルーヤ)は社会主義革命家として、力強いスピーチと強い信念をもってスラムの黒人ギャングやプエルトリコ人、貧しい白人層、大学生など人種や階層を超えて共闘を呼びかけていた。カリスマ的リーダーとして、コミュニティーでの信頼と力を広げていく彼に「黒人救世主」となる脅威を感じたFBI長官フーバー(マーティン・シーン)は、パンサー党は国家に対するテロ組織であるとし、党の動きを封じようとしていた。

入党したオニールは信頼を得てハンプトンの警備役となって内部情報をFBIに流し続け、報奨金を得ていた。捜査官のミッチェルを父のように思い、親しみすら感じていたオニールは、詭弁を弄す彼の言いなりだった。だがそんな関係も長くは続かない。パンサー党と警察との緊張の高まりから、内通者を辞めたいと申し出るが、ミッチェルから「内通者がバレたらどうなるか知っているか」と脅され、ついにはハンプトンの暗殺計画を助けるまでに追い詰められていくのだった。

本作の面白さは、裏切り者のオニールの視点から描かれているところにある。同時にハンプトンの革命家として光り輝く魅力がパワフルに描かれてもいて、そんな彼に影のように張り付き、恐れおののく若者を対峙させ、題名通り、ユダと救世主の物語になっている。歴史的カリスマ・リーダー、ハンプトンの英雄譚としてストレートに描くこともできただろう物語を、裏切り者の目線から語り、脅しに屈する人間の弱さ、変化を踏みつぶす権力の醜さを際立たせることに成功している。それにしてもハンプトン21歳、オニール19歳、共になんという若さだろう。

何度もこの事件の映画化が試みられたが実現に至らず、今回が初の映画化。原案はルーカス兄弟(ケニー&キース・ルーカス)が書き、監督のシャカ・キングとウィル・バーソンが脚本を仕上げた。30代、40代の黒人映画人が力を持ち始めていることは頼もしい限りだ。

作中、パンサー事務所を銃撃する警察に向けて窓から発砲し続けた女や、警察の急襲時、眠り続けるハンプトンに覆いかぶさり、臨月の身で彼を守ろうとした婚約者のデボラ・ジョンソン(ドミニク・フィッシュバック)の姿などが強く印象に残った。パンサー党には命を賭して闘った女たちもいたこと、その勇気ある姿が描かれたことの意味は大きい。

Judas and the Black Messiah
邦題「ジューダス・アンド・ザ・ブラック・ メサイア」

上映時間:2時間6分

写真クレジット::ワーナー・ブラザース映画

シアトルではAMC系シアターで上映中。HBO Maxでストリーミング視聴可能。

映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。