女性の命を守るヘルスケア Vol.12
アメリカ生活中に乳がん、卵巣がん、子宮がんを経験する患者の心に寄り添い、悩める女性たちをサポートするSHARE 日本語プログラムによる寄稿シリーズ。現在のアメリカの医療制度で今、日本人の私たちができることを探ります。
第12回 検診が役に立たない? 発見の難しい卵巣がんについて知る(前編)
ソイソース読者の皆さま、初めまして。今回と次回は、コロンビア大学メディカルセンター産婦人科の博士研究員であり、Japanese SHAREで臨床アドバイザーをしている婦人科腫瘍専門医の鈴木幸雄が担当します。
卵巣がんは、卵巣にできる悪性の腫瘍のことで、日本では毎年1万3,000人(1)、アメリカでは毎年2万人(2)が新たに診断される病気です。40歳頃から増え始め、ピークは50、60代(3)。いわゆる検診(スクリーニング)では発見されにくい病気のひとつで、ステージ3以上の非常に進んだ状態で見つかることがほとんどです。卵巣がんのステージ3とは、腹水がたまる、リンパ節に転移がある、腹膜に播種(大小さまざまな病変が散らばった状態)が見られるような状態です。
卵巣は左右にあり、エストロゲンという女性ホルモンや、アンドロゲンという女性にも必要な男性ホルモンを産生する大切な臓器です。卵巣では、月経が始まる思春期から月経が終わる50歳前後まで月に1回程度、定期的に排卵が起こります。この排卵によって卵巣の表面が傷付きますが、皮膚にできた傷と同様に、自然に修復されます。しかし、こうした傷の修復過程でがんが発生しやすいと言われています。その証拠に排卵の回数が少ない人、つまり出産経験の多い方や低用量ピルなどで排卵を止めていたことがある方は、卵巣がん発症のリスクが低いことがわかっています。(4)
実は卵巣がんと似た特徴を持つがんが、ほかにふたつあります。ひとつは卵管がん、もうひとつは腹膜がんです。これまでの研究から、これらはほとんど同じ性質を持つことがわかっており、同じ内容の治療を受けることになります。ちなみに、卵管は卵巣から出た卵子をキャッチする吸い込み口のような臓器です。腹膜は、お腹を部屋にたとえると、壁紙のように全体を覆っている薄い膜のことを言います。腹膜に播種が多くできると、腹水を調節する壁紙としての腹膜の機能が狂ってしまい、腹水がたまります。
どうして検診では見つけにくいのか、ほかの女性のがんと比べてみましょう。年単位でゆっくり進行する乳がんや子宮頸がんなどとは違い、卵巣がんはそのほとんどが数カ月単位で大きくなってきます。卵巣はもともと非常に小さい臓器で、月経がある年代では親指の先程度、閉経後では小指の先ほどの大きさです。仮に卵巣が大きく腫れたとしても5〜6センチの鶏卵くらいのサイズにとどまり、伸縮性の高いお腹の中に納まっているために、自覚症状はほぼ出ません。15〜20センチくらいの大きさになって初めて、「なんだかお腹が出てきた感じがする」、「最近急にジーンズが入らなくなった」などの兆候で異変に気付く方もいますが、自分で見つけることがとても難しい病気なのです。
今年、イギリスで20年かけて卵巣がんスクリーニングの有効性を検証した研究の結果が出ました(5)。超音波検査とCA125(卵巣がんで変化が出やすい腫瘍マーカーのひとつ)という血液検査の組み合わせで早期発見を試みましたが、死亡率を下げる効果を証明することができませんでした。中には「卵巣がん検診を受けた」「子宮頸がん検診のついでに超音波で卵巣も大丈夫と言われた」という方もいるかもしれませんが、これは卵巣がんの二次予防(早期発見すること)を意味しているものではありません。
さて、ここまでで卵巣がんの発見が難しいこと、進行してから見つかることが多いこと、卵巣がん以外にも卵管や腹膜からも同じ病気が発生することを解説してきました。次回は、卵巣がんに進展するリスクのある良性の病気と遺伝的素因(生まれつき持っているリスク)について解説していきます。
これだけは知っておいて欲しいポイント!
・卵巣がんは早期では自覚症状がほとんどなく、進行してから見つかることが多い。
・卵巣がんのほかに、卵管がん、腹膜がんという同じ特徴のがんがある。
・検診でこれらを見つけるのは難しく、がん早期発見のために検診は有効でない。
鈴木幸雄■医学博士。Japanese SHARE臨床アドバイザーを務める。コロンビア大学メディカルセンター産婦人科博士研究員、産婦人科専門医・指導医、婦人科腫瘍専門医、女性ヘルスケア専門医、細胞診専門医、腹腔鏡技術認定医、横浜市立大学医学部産婦人科客員研究員。世界と日本の子宮頸がんを含むヒトパピローマウイルス(HPV)関連疾患の予防に関する最新情報を発信するプロジェクト「YOKOHAMA HPV PROJECT」(http://kanagawacc.jp)に参加。
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1976年にニューヨークでスタートした非営利団体のSHAREキャンサー・サポートが母体。同団体の正式日本語プログラムとして、アメリカで暮らす日本人、日系人の乳がん、卵巣がん、子宮がん患者およびその家族の精神的不安を取り除くためのピアサポートと、アメリカの最新医療事情を日本語で提供する。
- 最新がん統計. 国立がん研究センターがん情報サービス.URL: https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
- United States Cancer Statistics. Centers for Disease Control and Prevention. URL: https://gis.cdc.gov/Cancer/USCS/#/Trends/
- 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録).URL: https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/data/dl/index.html
- 卵巣がん.メルクマニュアル家庭版.URL: https://www.msdmanuals.com/ja-jp
- Menon U, et al. Ovarian cancer population screening and mortality after long-term follow-up in the UK Collaborative Trial of Ovarian Cancer Screening (UKCTOCS): a randomized controlled trial.
Lancet 2021, 397:2182-2193. DOI: 10.1016/S0140-6736(21)00731-5