Home 特集 アート・オブ・ガマン

アート・オブ・ガマン

IMG_1003 ベルビュー美術館で開催中の特別展示「The Art of Gaman」を取材した。

太平洋戦争さなか、1942年から1946年までの3年半、アメリカ各地の日系人強制収容施設に収容された日系人たちによる作品を集めた展示だ。日系3世のデルフィン・ヒラスナさんが、亡き両親のガレージの整理をしていた際に木製の美しい鳥のブローチを発見したことをきっかけに始まったという同展は、全米各地を巡回して開催された。それが日本にも伝わって大きな反響を呼び、「尊厳の芸術展」と題して2012年から2013年に東京をはじめとする5つの都県で開催された。4 Pins

ベルビュー美術館で展示されている作品は絵画や木彫りのほか、家具、日用品、おもちゃなど120点あまり。収容中に作られた物の展示という先入観から、重苦しいような心持ちで会場に足を運んだが、実際に作品を目にすると、どれも想像していたよりも明るく温かみがある作品ばかり。ひとつひとつをよく見ると、例えば色とりどりに咲いた花はパイプの掃除に使われる細長いブラシで作られていたり、煙を吐きながら広大な大地を駆ける列車の絵は、日系人強制退去命令の貼り紙の裏面に描かれているのが分かる。干上がった湖の近くに位置する収容所では貝殻で作られた作品が、岩石の多いエリアの収容所では石を削って作られた茶器や硯が数多く見られるなど、手に入れられるものを使ったアート、というのがこの展示における注目すべき点のひとつなのだ。思わず手に取りたくなる可愛らしいコサージュは貝殻をいくつも重ねたもので、今にも走り出しそうな本物そっくりの機関車の模型は廃材を組み合わせて作られている。6 Samurai 何をどうやって作ったのか、皆目見当もつかないような豊かな発想力、つくりの精巧さにただただ驚かされる。封筒の宛名面のわずかな余白をキャンバスにして描かれた水彩画も実に美しく、どんなに小さな材料も見逃すまい、と言わんばかりだ。しかも、これらの作品は皆プロのアーティストによるものばかりではないどころか、それまで全くアートに携わったことがない人のものがほとんどなのだそうだ。「素人作品には思えない」という次元はとうに超え、アート作品として世界中どの美術館に展示しても遜色ない作品の数々に驚かされるに違いない。ベルビュー美術館

1941年12月7日(ハワイ時間)の真珠湾攻撃を機に、アメリカにいた12万人もの日系人や日本人移民がアメリカ各地に設けられた強制収容所に連行された。手荷物1つ分の身の回り品しか持ち込むことが許されなかった彼らに与えられたのは、粗末な造りの部屋とベッドだけだ。生活に必要な物資さえも十分に手に入れられず、人間らしい暮らしを奪われた中で、それでも人々は廃材や落ちているものを利用し、必要な用具を整えて生活を豊かにする工夫をしたり、それらの作業をすることで辛さを忘れる努力をしたようだ。たとえすべてを奪われようとも日本人の心までは奪わせないという、静かだが強い気持ちが感じられる。

日系人というだけで突然理不尽な暮らしを強いられたばかりか、米軍の兵士として最も危険な戦地に出兵させられた若者もいる。その歴史を思うと、何ともやるせない気持ちでいっぱいになる。ここに展示されている作品は、歴史を知らなくてもどれもアートと呼ぶにふさわしく、力強く素晴らしい。単純に「この作品は一体何の材料で作られているんだろう?」と想像を巡らせながら見るだけでも十分に楽しめる。しかし、我慢を強いられた日系人が、何もないところから工夫を凝らしてここまでのアートを形成するに至った背景やその思いを、数々の作品を通して感じ、戦争や平和、人間の尊厳などといった様々なことについて、自分なりにもう一度考える機会にしてもらいたい。

折り紙アーティストのリンダ・トモコ・ミハラさんが同展のために作成したという折り鶴の星条旗も必見だ。日本の平和の象徴である折り鶴を使って表現されたアメリカ国旗からは、この作品が戦争で敵対した二国をつなぐ架け橋となるよう、平和への祈りを込めたのであろうリンダさんの思いが伝わってくる。赤、青、白の鶴が静けさの中でわずかに揺れている様子がとても印象的で、平和を願う気持ちをいっそう強くさせられた。

ベルビュー美術館は3階建て。1階部分は無料で鑑賞でき、ロビーではいくつもの大きな作品が来場者を迎えてくれる。地階の床から最上階の天井まで伸びた迫力あるパイログラフィーの作品はガラスアーティストである市川江津子さんのものだ。

館内ストアでは開催中の展示に合わせたグッズや書籍が豊富に取り揃えられているが、商品は一点ものが多く、一度品切れになると再入荷されないことが多いそう。気に入ったものがあればすぐに購入するようにしよう。2階と3階は特別展示の会場となるフロア。エレベーターもあるが、各階への移動は断然階段がおすすめ。ゆったりとした螺旋形の階段に壁面から明るく差し込む光はとても美しく、それ自体が立派なアートだと感動した。3階には小鳥が水浴びにくるという水場や座って休憩できる屋外の空間もある。小さな子どものためのクラフトコーナーもあちこちに設けられており、駐車場は無料と、家族連れにも嬉しい美術館だ。今回紹介した「アート・オブ・ガマン」展は、ポップアートやフォトリアリズムなど色彩が鮮やかで美しいプリントアートを中心にした「アンダープレッシャー(Under Pressure)」展と併せて10月12日まで3階にて開催中。

Bellevue Arts Museum
510 Bellevue Way NE, Bellevue
☎ 425-519-0770 www.bellevuearts.org
営業時間:火~日 11am~6pm
(ミュージアムストアは毎日11am~6pm)
(毎月第1金曜は入館無料で、開館時間が8pmまで延長)