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運動のやり過ぎは良くない?「エクササイズ中毒」に注意

子どもとティーンのこころ育て

アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。

運動のやり過ぎは良くない?
「エクササイズ中毒」に注意

子どもの運動不足で悩むのとは逆に、「うちの子は運動のし過ぎで……」と悩む親も大勢います。家族や友人との約束よりも運動を優先し、運動ができないと強い焦燥感に駆られるようであれば、それは「エクササイズ中毒」かもしれません。

エクササイズ中毒者は90年代から徐々に報告が増えています。主な特徴は生活の全てが運動を中心に回っていること。けがをしても運動がやめられず、強迫的に繰り返し、日常生活に支障をきたすほど激しい運動を続けます。アメリカでは成人人口の0.3〜0.5%がエクササイズ中毒と推定されていますが、この数字はアスリート学生の間では4%、スポーツ愛好家では8〜9%にまで跳ね上がります。

スポーツのクラブやチームに入っている子はより長い時間運動をして、ある程度はほかの活動を犠牲にする必要もありますが、彼らとエクササイズ中毒者の違いは何でしょう。専門家が考案した「エクササイズ中毒目録(EAI)」を目安にチェックできます。以下の項目で、「全く当てはまらない」を1、「完全に当てはまる」を5として、1から5までの点数を合計し、24〜30点になるとエクササイズ中毒の可能性が高いと言えるでしょう。

あてはまる人はエクササイズ中毒?

私の人生で最も重要なものは運動だ。

運動のし過ぎが原因で、家族や友人と対立することがある。

気分転換のために運動をしている(例:気分を良くするため、問題を忘れるため)。

この1年間で、日々の運動量が増えた。

毎日運動をしないと落ち着かず、いら立ちや悲しみを感じる。

運動量を減らそうと試みたことがあるが、結局いつもと同じくらい運動をしてしまう。

特に真面目で完璧主義、負けず嫌いな性格の子は、知らず知らずのうちに自分を追い詰め、気付いた時にはやめられなくなっている場合も。少しでも気になるようであれば主治医や専門家へ相談しましょう。

エクササイズ中毒には、さまざまな原因があると考えられています。まず、一次的エクササイズ中毒は運動自体が中毒のもとで、ギャンブル中毒ととても似ており、興奮を求めて運動量が増え、報酬系の反応から依存が形成されていきます。その一方で、二次的エクササイズ中毒の原因はボディーイメージや低い自己肯定感から来ており、体重や外見を変える目的で運動がやめられなくなるというもの。自分の美醜に極端にこだわる強迫観念を持ち、鏡に映った自分を見続けるなどの強迫行動を繰り返す「身体醜形障害」との関連性も指摘されています。

また「摂食障害」を併発している場合も多く見られます。最近の調査では、摂食障害の患者間ではエクササイズ中毒が通常の4倍近くとされ、他の調査でも摂食障害の患者の実に21%がエクササイズ中毒の可能性があるとの報告があります。

こうした身体醜形障害や摂食障害が背景にあるエクササイズ中毒では、女性は「太り過ぎ・体が大き過ぎる」と思い込み、無理なダイエットに長時間の運動を重ね、命の危険に至るまで身体が衰弱してしまうケースも少なくありません。逆に男性は「痩せ過ぎ・体が小さ過ぎる」と思い込み、ステロイドやプロテインを過剰摂取しながら体調を崩すのも構わず筋トレを長時間行う人も。こうした症状はビッグ(大きい)とアノレクシア(拒食症)を組み合わせた「ビゴレクシア(bigorexia)」と呼ばれ、ジム通いの若い男性やボディビルダーの間で増加しています。

人気ユーチューバーのフィットネスコーチ、スコット・マレー氏が今年2月に心不全のため、27歳という若さで亡くなりましたが、彼も摂食障害とエクササイズ中毒に苦しんでいたとされています。嘆き悲しむ多くのファンの中には、自分や友人もエクササイズ中毒かもしれないと初めて認識した若者もいることでしょう。

運動は健康的というイメージがあるからこそ、潜んで見えにくいエクササイズ中毒。やり過ぎかもと思う人は、何のために運動しているのかを今一度見つめ直してみると良いかもしれません。

子育てサポート・グループのお知らせ
「シアトル子育て広場」
第6回 8月4日(木)5:30pm~6:30pm

参加費無料

本コラム執筆者の長野弘子さんが主宰する、子育ての悩みやコツをオンラインでシェアし合う交流の場。申し込み・詳細はフェイスブック(https://www.facebook.com/groups/207303133151545)にて。

*同記事は、ノースウェスト大学院で臨床心理学を専攻し、シアトル地域の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、ライフフル・カウンセリングで米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー(認定ID:LH60996161)としてセラピーを行う長野弘子さんが、学術データや経験をもとに執筆しているものです。詳しくは、ライフフル・カウンセリングなど専門家へご相談ください。

(参考記事)

(1) Psychometric properties and concurrent validity of two exercise addiction measures: A population wide study

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1469029212000829

(2) Exercise addiction in adolescents and emerging adults – Validation of a youth version of the Exercise Addiction Inventory

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6035018/

(3) The exercise addiction inventory: a quick and easy screening tool for health practitioners

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15911594/

(4) Eating disorders linked to exercise addiction

https://www.sciencedaily.com/releases/2020/01/200128114642.htm

ワシントン州認定メンタルヘルス・カウンセラー(認定ID:LH60996161)。ニューヨークと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の記事を寄稿。東日本大震災をきっかけに2011年にシアトルへ移住し、災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウエスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在、マイクロソフト本社の常駐セラピストを務める。hiroko@lifefulcounseling.com