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目黒の魚屋さん〜みきこのシリメツ、ハタメーワク

最近の店は、顔なじみ、というのが少ない。アメリカに40年以上住んでいて、スーパー以外の店にはほとんど行かないし、店員もコロコロ変わってしまうから、帰国したら、と期待をしていたが、ガッカリだ。 昭和の日本橋、問屋街の長屋のようなところで生まれ育った私の望郷というのは、細い路地を毎日掃いている腰の曲がったおばあさん、狭いのにお構いなく好きな盆栽を家の戸口にごっそり並べて水をあげているおじいさんがいる。その辺の子どもたちはみんな顔を知られていて、うっかり悪さをすると、こらっ、と怒鳴られる。商店街に出ると、声をかけ合っているのが聞こえる。あの頃は貧しいながらも、コミュニティーというのがあったんだ。60年以上前の話。そんなことを今さら期待してもしようがないのはわかっているが。

近所のバス停からひとつ目、大鳥神社の向かい側に昔からの魚屋さんがある。通りかかっていつもお刺し身を買おうか迷いながら、つい、その向かいのスーパーで買ってしまう。今日はそこで買うことにした。

アジ、タイ、それからマグロの赤身と中トロの皿の3種、それぞれ500円。ホタテもある。全ておじさんがおろしたばかりの感じでおいしそう。どれにしようか迷ってしまう。

「これ、少しずつ混ぜてひと皿、っていうのできないかしら?」
と聞いてみると、無視された。ウンともスンとも言わずに薄ら笑い。
「中トロだけだって、1,000円になっちゃうよ」
「今日食べられなかったら、どうなるの?」
「明日でも大丈夫」

ということで、2皿買うことにした。アジとタイ。中トロは大好物だが、赤身のマグロは好きではない。税込みで1,000円払って、家に帰り、すぐ開けてみる。食べたいときが買いたいとき、なのだ。2皿目のアジの皿を開けると、なんと中トロが2切れ、端のほうに載っているではないか! 感激! もう待てない。

アメリカ生活以来、こんなにおいしくお刺し身を食べたのは初めてである。半分残して、明日は日本酒を買い、酒盛りをしよう! スーパーに行きがてら、おじさんにお礼を持って行かなくっちゃ。結局はマグロひと皿分以上のお土産になってしまうかも。この令和で、こんなこともあるんだ。これは癖になっちゃうだろうな。

東京都出身。2000年から2005年まで姉妹紙『北米報知』ゼネラル・マネジャー兼編集長。「静かな戦士たち」、「太平洋(うみ)を渡って」などの連載を執筆。2020年11月に日本に帰国。同年、著書『ゼッケン67番のGちゃん』を刊行。