がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。
転倒予防のすすめ
ちょっと転んだだけ、では済まないことも!
転倒は「つまずいただけ」と侮れない深刻な問題です。米国では毎年65歳以上の約3割が転倒を経験しているといわれています。また、高齢者の事故による死亡原因の中でも最も多く、毎年3万人以上の人が転倒に関連して亡くなっているという報告もあります。
特に股関節(脚の付け根の骨)を骨折してしまうと、半数の人が元通りに歩けなくなるともいわれており、要介護の大きな要因となります。さらに重症化した場合は長期の入院や寝たきりの状態になることもあります。転倒が原因で寝たきりになると、ご本人の生活の質(QOL)が大きく低下し、家族の介護負担も増えてしまいます。一度ひどい転倒を経験すると「また転ぶのでは」と不安になり、外出を控えてしまいがちです。その結果、筋力が低下し、社会的に孤立するという悪循環に陥ることもあります。たかが転倒と軽視せず、日頃から予防策を講じることが大切です。
実は身近に潜む転倒リスクを高める薬
実は普段服用している薬の中にも、転倒のリスクを高めるものがあります。代表的なのはベンゾジアゼピン系と呼ばれる安定剤や睡眠薬、抗コリン作用のある薬(頻尿を抑える薬や抗ヒスタミン薬など)、神経痛やけいれんの治療に使われるガバペンチンなどです。これらの薬には眠気やめまい、筋力の低下などの副作用があり、高齢者にはこうした影響が特に出やすい傾向があります。その結果、ふらつきや判断力の低下を引き起こし、転びやすくなってしまうのです。また、市販の風邪薬の中にも同様の作用をもつ成分が含まれている場合があるので注意が必要です。
高齢になると複数の病気の治療により薬の数が増えること(多剤併用)が多く、薬の飲み合わせによって副作用が強まることもあります。転倒を防ぐためにも、かかりつけの医師に相談し、必要のない薬を減らしたり、安全な薬に見直したりすことが大切です。ただし、自己判断で薬を中止するのは危険です。必ず医師と相談のうえで対応してください。
転倒予防に役立つ手軽なエクササイズ
転倒を防ぐためには、日々のちょっとしたエクササイズが効果的です。これまでの研究でも、バランス感覚や下肢の筋力を鍛える運動が転倒予防につながることが分かっています。たとえば、中国由来の「太極拳」はゆっくりとした動きでバランス能力を高め、高齢者の転倒を減らす効果があるとされています。また、片足立ちや(つま先立ち、椅子からの立ち座りを繰り返す運動も、無理なく取り組めて足腰を鍛えることができます。関節を柔らかく保つストレッチも効果的です。 重
要なのは、安全に継続することです。手すりや椅子につかまりながら、毎日少しずつ続けてみましょう。地域のシニア向け運動教室や太極拳のクラスに参加するのもおすすめです。友達と一緒なら楽しみながら取り組むことができます。テレビを見ながら行うなど、日常の中に取り入れることで無理なく習慣化できます。運動によって足腰がしっかりしてくると「自分で動ける」という自信が生まれ、外出や趣味に前向きになり日々の楽しみも広がっていきます。転倒を防ぐだけでなく、生活がより豊かになる効果も期待できます。
転倒予防クリニックについて
転倒による健康被害の大きさを受け、最近では転倒予防を主な目的とした「転倒予防クリニック(fall prevention clinic)」も広まっています。これらのクリニックでは、患者さんの既往歴、服薬状況、身体機能、住環境などを多面的に評価し、それに基づいて最適な対応を行うことができます。たとえば、薬剤の見直し、必要に応じた専門医や太極拳、理学療法などの運動プログラムの紹介、靴の選び直し、視力検査や矯正、住宅環境改善のアドバイスなどが挙げられます。過去1年以内に2回以上転倒した人、転倒によるけがを経験した人、転倒を恐れて外出を控えるようになった人は、ぜひ一度受診を検討してみてください。

■内科医、老年医学専門研修医(予定)。防衛医科大学卒業後、ニューヨークのマウンサイナイ医科大学モーニングサイド・ウエスト病院内科レジデントとして研修中。2025年7月よりマウントサイナイ病院で老年内科専門研修を開始予定。
▪️Senior Care Clinic at Harborview | Seattle | UW Medicine
https://www.uwmedicine.org/locations/senior-care-harborview