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INTERVIEW ビル&メリンダ・ゲイツ財団 馬渕俊介さん

リベリアで保健大臣と同副大臣に開いてもらった送別会にて

数々の国際的な保健医療プロジェクトに携わり、現在はシアトルに拠点を置くビル&メリンダ・ゲイツ財団(以下ゲイツ財団)で、副ディレクターとして発展途上国におけるヘルスケアの課題に取り組む馬渕俊介さん。華々しいキャリアを築くまでの経緯、リーダーシップやマネジメントのコツなど、気になる話をたくさん聞くことができました。

取材・文:坂元小夜 写真:本人提供

 

途上国の保健医療システムを改善して「避けられる死」をなくしたい
➖馬渕俊介

世界を渡り歩いた大学時代の旅が原点

「高校時代までは野球少年で、大学に入っても英語が苦手。まさか自分が、国際的な舞台で働くようになるとは思いもしませんでした」。そう話す馬渕さんが、どうやって現在のキャリアに至ったのか。転機となったのは、東京大学在学中に世界各国を回ったバックパッカー旅行だという。

「中米グアテマラでは、生活環境を改善したいと切実に願う先住民たちと生活を共にしました。ネパールやカンボジアでは、現地でできた友人が、自分と同年代にもかかわらず、将来のチャンスがごく限られているのを目の当たりにしたこともあります」。大学では文化人類学を専攻。先進国とは全く違う方向に洗練されている途上国の土着文化に魅了された馬渕さんだったが、旅行を経て、「多様な文化を理解・称賛するだけではなく、サポートする側になりたい」と思い始めた。それが、国際協力の仕事に就くことを志すきっかけにもなる。

大学卒業後は、日本の政府開発援助(ODA)実施機関として途上国への国際協力を行うJICAに就職。しかし、馬渕さんはそこで働くうちに、「自分が成し遂げたいことに近付くためには、英語力も専門力も足りない」と気付く。なりたい自分になるために次に選んだ道は、ハーバード大学ケネディスクールへの留学だった。「このハーバード時代に出会った人たちの影響で、視野が大きく広がりました」と、馬渕さんは振り返る。世界の公共政策、国際開発分野のリーダーになるべく集まった精鋭たちと共に国際環境で学び、働く力を磨いた。

ナイジェリア北東部アダマワ州のヘルスセンターを視察

その後、決まった就職先は、大手コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニー。馬渕さんは日本支社、南アフリカ支社に勤務した。さらに世界銀行へ転職し、在職中にジョンズ・ホプキンス大学で公衆衛生博士号も取得する。「グローバル・ヘルスの現場では、新しいプログラムを導入することによるメリットを、きちんと社会で実験したうえで各国に提案する、研究者的なアプローチが必要です。大学生の頃から、途上国開発の分野で博士号を取りたいと思い続けていました。家族ができたことや年齢的なことを考え、チャレンジするなら今しかないと思ったんです」と、馬渕さん。仕事と博士課程との両立で、さぞかし大変な日々を送ったに違いない。「仕事上のプロジェクトを研究課題にしていたので、全く別々のことを両立していたわけではありません。確かに、仕事と同時進行のため何度も中断することになり、時間はかかってしまいましたけれど……」。博士号を取得した後、馬渕さんは現在勤めるゲイツ財団に入団する。

ケニアのヘルスセンターでの打ち合わせ

転職のたびにオリジナリティーを拡大

国際開発と民間の経営コンサルティングの分野で、着実にキャリアを築き上げてきた馬渕さんは、自分の強みを「オリジナリティー」と説明する。「タイプの異なる職場で専門的なスキルを磨いて経験を積み、得意分野を増やしていくことで、たくさんのオリジナリティーが点ではなく、1つの面になる。さまざまな専門力を組み合わせられれば、ユニークなキャリア・プロフィールを形成できます」

ゲイツ財団から声がかかった理由も、途上国の保健医療システムへの専門知識と経験が買われたのはもちろん、世界銀行での重要なプロジェクトにおける確かな洞察力、経営コンサルティング流の的確な問題解決テクニックや緻密な戦略を組み立てる能力を見越してのこと。そんな人材はほかには見つからない。それこそが、まさにオリジナリティーだ。

国際的なチームの中でリーダーシップを取り、プロジェクトを成功させるのに必要なことは何だろうか。「気合と情熱と愛情。あとは、日本人的な考え方」と、意外な回答が返ってきた。「和をもたらす力は、国際的な現場でも強みになるんです。日本的な考え方は欧米では通用しないと思われがちですが、欧米的な論理的思考力や説得力も備えたうえで、相手の立場や感情、人間関係、どういう利害関係を持っているかをきちんと理解、配慮して関係を作っていくと、特に途上国では良い結果を生むことがあります」。それは、過去の失敗から学んだことだと馬渕さんは打ち明ける。「リベリアの保健大臣との交渉の際、こちら側の提案だけを論理的に推し進めてしまった。そのために、交渉が難航したことがあります」

和をもたらす力は、国際的な現場でも強みに

 

一緒に働いたリベリアの保健省チーム

緊急事案だけでなく難問を解決できる仕組みを

2014年、西アフリカでエボラ出血熱が大流行したことは記憶に新しい。馬渕さんは世界銀行勤務時代、約140万人が感染するのではと危惧されたこの大流行を食い止めるために、チームリーダーとして最前線で活動。感染規模の縮小化と終息に大きく貢献した。「この時の経験や達成感は、後の私の仕事観に大きな影響を与えました」

ゲイツ財団では、戦略・企画マネジメント担当の副ディレクターを務めている。ここでの仕事は企業や国際機関とは違う面白みがあるそう。「資金力もそうですが、新しいテクノロジーやアプローチに投資するなど、リスクを取れるのが魅力的です」

現在は、チーム内の組織改革や母子保健ファンドの運営などを担当している馬渕さん。それぞれ個人の突き抜けた能力を生かし、メンバー同士の強みと弱みをバランス良く補い合うのが、馬渕さん流のチーム作りだ。アメリカの企業では、その職場の求めるスキルにそぐわないと成功しにくいと思われがちだが、馬渕さんが実践している方法はいかにも日本的。「そういう仕事の仕方をする人は欧米には少ないけれど、和のもたらす力は大きい。とてもバリューがあると思っています」

そして、母子保健ファンドにも、馬渕さんは情熱を持って取り組んでいる。保健医療システムが発展途上であるばかりに、助けられるはずの命が助からない。そんな「避けられる死」をなくしていくことこそが、達成すべき最大の目標だとしている。

自身が子どもを持ったことで、その思いはさらに強くなった。馬渕さんの長女は5歳、長男と次男は3歳の双子。息子たちは難産で、生まれる時は母子共に危険な状態だった。「当時を思い出すたびに考えてしまうんです。これが途上国だったら、僕は2人の子どもと妻をいっぺんに失っていただろう、と」

将来的には、エボラ出血熱流行のような緊急事態でなくても、必要な力が集まって難問が解決できるような仕組みを作りたいと馬渕さんは教えている。医療環境に苦しむ世界の子どもたち、そして環境改善を願うひとりひとりの思いに寄り添うような、大きく世界を見据える夢。それを支えるのは、3児の父としての強い思いだ。

世界銀行内でエボラ対策チームが受賞した際にチームのメンバーと

成功の秘訣はたくさんの修羅場をくぐり抜けること

6月13日に、ワシントン大学で講演を行った馬渕さん。そこで何度も口にしていたのは、「修羅場をくぐり抜けること」の大切さだ。

チャレンジによって人は成長し、自分が活躍できる場を自分で作り出すモチベーションにつながる。また、日々の努力も欠かせない。「たとえば、アメリカ人はプレゼンテーションやディベートが得意だと思われているけれど、実はそうでもないんです。僕が一緒に働いてきたアメリカ人は努力して、そのスキルを磨いていました」

そして、これまで数々の課題をどう乗り越えてきたのかと問われると、「乗り越えたとは思っていない」とキッパリ。「乗り越えるために、現在も日々努力しています」と、答えた。馬渕さんの輝かしいキャリアは、初めから約束されていたわけではない。チャレンジ精神と日々の努力によって、築き上げられたものなのだとわかる。

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多様な文化を理解・称賛するだけではなく
サポートする側になりたい

 


ゲイツ財団によるルワンダでのワークショップの様子

ビル&メリンダ・ゲイツ財団

マイクロソフト創業者のひとり、ビル・ゲイツ氏と妻のメリンダ氏によって2000年に創設された、シアトルに本拠地を置く世界最大の慈善基金団体。「全ての生命の価値は等しい」という信念の下、国際開発、グローバル・ヘルス・プログラム、米国プログラムを3本柱に据える。中でも発展途上国の保健医療システム開発・支援は最大のプロジェクトとなっている。

Bill & Melinda Gates Foundation
500 5th Ave. N., Seattle, WA 98109
☎206-709-3100
www.gatesfoundation.org

馬渕俊介 東京大学卒業後、JICA(独立行政法人国際協力機構)入構。2007年にハーバード大学ケネディスクール公共政策修士号取得。マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本支社、南アフリカ支社を経て、ジョンズ・ホプキンス大学にて公衆衛生修士号、世界銀行在職中に同博士号を取得。現職はゲイツ財団戦略・企画マネジメント担当副ディレクター。