Home インタビュー INTERVIEW:シアト...

INTERVIEW:シアトル・サウンダースFC アスレチックトレーナー 立浪シーラさん

サッカー界のトップアスリートたちに「彼女は最高だ」と評される日本人女性がいる。シアトル・サウンダースFC(以下サウンダース)のアスレチックトレーナー、立浪シーラさん。トレーナーという肩書きをはるかに超え、常にサッカー界全体を見据えている。

取材・文:渡辺菜穂子 写真:渡辺菜穂子、シアトル・サウンダースFC、本人提供

「サッカーには人々をひとつにする力がある」

ロッカールームで作る関係性

「私は裏方だから」と言うシーラさん。今回のインタビューに協力してくれたのは、9月21日にタコマで行われる米女子サッカープロリーグ(NWSL)の試合が、サッカーファンにとっても日本人にとっても見逃せない試合であることを伝えるため。アスレチックトレーナーとは、どんな仕事なのか。シーラさんを半日、密着させてもらった。

シーラさんは、朝一のコーチ・ミーティングに出席した後、練習前に食事したりくつろいだりする選手たちと共に過ごす。担当するアカデミー所属の最年少選手は14歳。全世界から選りすぐったアスリートたちだが、まだ幼い表情の残る選手や、親元を離れて暮らす外国人選手もいる。そんな選手たちとチームのカフェテリアで一緒に食事をし、ロッカールームを出入りしながら満遍なく視線をめぐらせ、声をかけ、アドバイスする。筆者に紹介してくれる時は、「昨年度のアメリカ代表に選ばれて、チーム・リーダーだった」「アカデミーから一軍に上がった最初の選手」などと、まるで自身の子ども自慢をしているかのように誇らしげだ。選手たちとシーラさんとの距離が近く、思ったより親密であることに驚かされた。

8月27日に行われたホームの試合で選手のサポートに走り回るシーラさん ©Charis Wilson of Sounders FC

「彼らが最高のパフォーマンスでプレーするためには、苦しんでいることや悲しんでいることを、しっかり伝えてもらえる関係性を保っていかなければなりません。私が怖くて不調を打ち明けられない、というのは困るんです。監督はロッカールームに入らない。でも私は、ずっとロッカールームにいて、選手たちが気がねしない存在でいます」

選手が育つ環境を整える

シーラさんの目標は、二軍チームとアカデミー所属選手を毎年2名以上、一軍に上げること。ユースのトップ選手は17歳までにプロの試合に出し、21歳になるまでにプロの試合を100戦以上経験させる。アスレチックトレーナーは本来、選手が故障した時のケアをするが、シーラさんはそれ以前のケアに比重を置く。健康管理の仕方を教育し、メンタル面をサポートすることで、若い選手が育つためのベストな環境を作るのだ。最新技術を使ったデータ分析もしている。動きや心拍数を記録するGPSを選手たちに装備させ、睡眠時間や身体の不調などを朝晩報告するシステムも導入。あらゆる方法で情報をすくい上げ、どんな小さな変化も見逃すまいとする。

©Charis Wilson of Sounders FC

「管理しているということを選手に気付かせないようにするのが私のやり方です」。体の調子が万全でなければ、朝のミーティングでコーチと相談し、練習量を調整する。あからさまに練習を休ませるのではなく、接触の少ないポジションに配置するなどして運動量を減らすのだ。「選手たちには常に挑戦させながら、セーフティーネットを敷いておくのが私の役目。食事にしても、決めたものを食べさせるのではなく、必要なエネルギーを摂取するための知識と選択肢を与えて、最終的には選手自身に何をどれだけ食べるか判断してもらいます」。選手の不調や心配事は、チームの休みとは関係なく訪れる。24時間365日、稼働している。

 

選手からトレーナーに

もともとシーラさんはサッカー選手だったが、大学の選手としてプレー中に大ケガをしている。スポーツ医学を専攻していたので、ケガをした自分の身体も研究対象とした。修士号取得後、セミプロ選手としてサッカーを続けながら、2009年にオースティン・アズテックスのアスレチックトレーナーに就任する。「最初からプロチームに関われたのはラッキーでした。アスレチックトレーナーは普通、いろいろな下積みを積んでからプロチームの仕事に就くことが多いので」

米代表キャンプにてGK選手陣と練習前に写真右端がホープソロ選手同左端は今年のW杯フランス大会でのスターティングGKアリッサネアー選手

その後もDCユナイテッド・アカデミー、レアル・メリーランドFCなど、多くのプロチームにトレーナーとして招へいされる。特に印象的だったチームを問うと、ウエスタン・ニューヨーク・フラッシュという女子プロチームを挙げた。「NWSLの前に存在した米女子サッカープロリーグ、WPSが潰れた翌年の2012年にヘッド・トレーナーとしてチームに所属しました。それまで男子トップ選手に関わってきたので、女子選手にも同じレベルのケアをしたいと思いました」。女子のプロリーグがなくなるかもしれないという辛い時期、「たくさんの方々が観て楽しめるサッカー」を目指して一致団結。劇的な逆転優勝を果たした。「女子サッカーの未来について言いたいことはたくさんあったけれど、勝たなければ何も主張できないと思っていたので、この勝利には特別な意味がありました」

中国での大会で日本代表を破り優勝セレモニーに臨むU 19米代表チームと
世界で認められるチームに成長

それから間もなく、シーラさんはシアトルに拠点を移す。「もう1度、男子リーグに戻り、今度はプロではなく、育成のほうに力を注ぎたいと思い始めました。日本を含め、世界では高校を卒業してすぐプロになる選手が多いのですが、その頃のアメリカでは、大学を出てからプロになることが普通でした。でも、サッカーでの選手生命を考えると、それでは遅いのです。まだ歴史も浅かったサウンダース・アカデミーに興味があり、シアトルに移ることを決めました」

コーチミーティングコーチたちが戦略やフォーメーションを吟味するのに対しシーラさんは選手個々の体調に気を配る調子の悪い選手がいれば練習メニューを調整するように提言する

弱小だったサウンダース・アカデミーは、シーラさんが所属してから間もなく、世界でもトップレベルのアカデミー・チームと肩を並べて闘える強いチームになった。「全米で強豪チームになってからは、国際トーナメントにも積極的に参加しています。イギリスの大会にエントリーして優勝したり、日本のプロチームと対戦したり。以前はこちらからお願いして試合をしていましたが、世界で認められるようになったのか、2年前くらいからFIFA主催の大会などにも招待されるようになりました」

アカデミー出身16歳でサウンダース一軍選手になったダニーレイバ選手写真左アカデミーU 17所属の篠田大雅選手同中央と共に

実は、サウンダース在籍中にも誘いが来て、2013年に新しく始まったNWSLのポートランド・ソーンズFCや、レインFC(旧シアトル・レインFC)のヘッド・トレーナーを務め、共に優勝を飾っている。「ニューヨークでもそうですが、私が関わった女子サッカー全チームと優勝を経験しているんです」とにっこり。名トレーナー、シーラ・タツナミの名前は業界に知られ、アメリカ女子代表チームやユース代表チームにも呼ばれるなど、引っ張りだこだ。2020年の東京五輪にも同行するのだろうか。「私が決められることではないので。でも、呼ばれれば、ぜひ行きたいです!」

サウンダースのチームランチを提供するナイジェルテイラーさん写真中央マイクマーサーさん同左とカフェテリアにてふたりはタクウィラにあるレストランウォーターシェッドFCのシェフだ栄養バランスを考えた朝食と昼食はプロアスリートに欠かせないシーラさんは選手たちと一緒に食事しながらシェフとも密接なコミュニケーションを取っている

サッカー漬けの今の生活に全く不満はない

サッカーで日米交流を

シーラさんには仕事とプライベートの線引きも、職務内容の区分もない。「サッカー漬けの今の生活に全く不満はないです」と言い切る。「私の場合、仕事が仕事ではなく、趣味のようなものなので」

オースティンの大学でキネシオロジー(人間運動学)のクラスを教えていた時には、大学サッカー部を作るという話が持ち上がり、シーラさんはフィットネスの指導から、ユニフォームのロゴのプリントまで手伝った。また、スタッフが少ないチームに所属している時は、アスレチックトレーナーと備品管理マネジャーを兼務した。「選手の治療をしながら、その間に洗濯をしたりしていました」と笑う。

脳の動きのスピードを測るインパクトテストを受ける北原壮太選手アカデミーU 17所属ユースアメリカ代表に選ばれているが日米の国籍を持つため両国で代表になる可能性がある

サッカーに関する技術の向上には貪欲だ。「ひとりで仕事をしていると、どうしても自己流になってしまうので、オフシーズンにはヨーロッパや日本のいろいろなドクターの下で最新技術を勉強します。私の選手たちには、常に最高レベルの治療やリハビリを受けてもらいたいので」。一緒に働いた監督がイギリスで著名なサッカー選手だったということもあり、名門マンチェスター・ユナイテッドのチーム・ドクターから最高峰の技術を学んだこともある。シーラさんの今の目標は、サウンダースで日本人選手がプレーする日が来ること、そして、アカデミーにいる日本人選手が日本代表やJリーグでプレーする日が来ること。「サッカーを通して、日本とシアトルの交流が実現できたらうれしい。サッカーって、人々をひとつにすることができるのです。サウンダースの応援団を見てもわかります。応援することによって一体感を得られます。シアトルに住んでいる日本人が異国で寂しく感じることがあっても、日本の選手の活躍に勇気付けられるはずです」

なでしこリーグのINAC神戸 レオネッサでプレーしていたこともあるべヴァリーゴーベル=ヤネズ選手写真中央を挟んで宇津木選手同左と

NWSL試合:レインFC × スカイ・ブルーFC

今シーズンからスカイ・ブルーFCに移籍した川澄奈穂美選手が、「故郷」シアトルでプレーする。「9月21日の試合は川澄選手のためにも、スタジアムを満員にしたいと話しています。レイン在籍の宇津木瑠美選手もいるし、アメリカ代表の中心選手では、カーリー・ロイド選手やメーガン・ラピーノ選手らもそろい、観戦する価値のある試合になります」とシーラさん。応援バスがノースゲート、シアトル、タクウィラ、タコマのルートで往復運行し、スタジアムにアクセスしやすくなっている(https://rally.co/reign-sky-blue-sep21)。ぜひ出かけてみよう!

シアトルレインFC試合後インタビューに応じた川澄選手写真左宇津木選手同右とシーラさんは通訳を務めた
FW川澄とDF宇津木の日本人対決!

日本で「なでしこ」フィーバーを盛り上げた代表経験者がそろい踏み!「川澄選手からは人としても選手としても学ぶことが多い。あの小さい身体で、大柄なアメリカの選手と戦っても負けないような体を作り、ケアや準備などをきちんとしています。宇津木選手は、自分の信念をきちんと持っている人。このふたりのプレーを生で観戦できる、またとない機会です」。この日、ホーム試合終了後の恒例ファン・サービスでは、川澄選手も一緒に登場する予定だ。

日時:9月21日(土)7pm〜
場所:Cheney Stadium
2502 S. Tyler St., Tacoma, WA 98405
料金:$18/$30
チケット・詳細:www.reignfc.com

川澄選手が代表に戻った際花束を手に記念撮影

立浪シーラ(Sheila Tatsunami)■小学校に入った頃からサッカーを始め、インディアナ州立大学で選手として活躍しながら、アスレチックトレーナー、スポーツ・バイオメカニクス、エクササイズ・フィジオロジーを専攻し、修士号取得。2009年、ユナイティッド・サッカー・リーグ(USL)のオースティン・アズテックスでヘッド・アスレチックトレーナーに就任。以来、米代表チーム含め、全国各地でアスレチックトレーナーを務め、2013年からシアトル・サウンダースFCに勤務。現在は二軍(USL Championship Div)のタコマ・ディファイアンスのヘッド・アスレチックトレーナーとなり、サウンダース・アカデミーの選手育成に力を入れている。