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知らないうちに別の自分が現れる?~解離症状と忘れられたトラウマの記憶~

子どもとティーンのこころ育て

アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。

知らないうちに別の自分が現れる?
~解離症状と忘れられたトラウマの記憶~

車の運転中にどうやって家にたどり着いたか覚えていない、読書や音楽に没頭して自分が呼ばれていることに気付かない、そんな経験はありませんか? このように自分の意識や感覚が自己から切り離されることを「解離」と呼び、誰もが日常的に経験しています。ただ、幼少期に受けた虐待や事故など耐え難いトラウマを経験した人が、自分の心を守るために頻繁に解離を起こしてしまう場合もあります。自分の体が自分のものじゃない感覚や、自分がふたりいるような感じ、気付いたら見知らぬ場所にいるなど、生活に支障を来すほどの場合は「解離性障害(Dissociative Disorders)」の可能性が考えられます。

解離性障害には大きく分けて、1)つらいトラウマ体験やその時期の記憶が思い出せない「解離性健忘(Dissociative Amnesia)」、2)自分を外から眺めているような体外離脱の感覚、あるいは夢でも見ているような非現実感が続く「離人感・現実感喪失(Depersonalization/Derealization Disorder)」、3)ひとりの中に別人格が複数存在する「解離性同一性障害(DID:Dissociative Identity Disorder)」があります。

1)の解離性健忘の一種には、気が付くと知らない場所にいたり、記憶が喪失して家や職場から突然いなくなったり、中には蒸発してしまうケースも。これは「解離性とん走(Dissociative Fugue)」と呼ばれ、記憶のない期間は数時間の場合もあれば、数十年に及ぶという人もいます。

なお、3)の解離性同一性障害の患者は、TVドラマや映画に登場する多重人格者のように明確な人格交代が観察される割合は5%にすぎません。大部分は周囲には気付かれずに、性格に問題のある人だと煙たがられたり、虚言癖や嘘つき呼ばわりされたりしています(注1。解離状態で過食や自傷行為をして、気付いたら腕が血だらけという場合もあり、本人は自他共にひどい不信感に陥り、孤独感や絶望感から抑うつ、摂食障害、薬物依存なども併発しやすくなります。また、患者の多くは心的外傷後ストレス障害(PTSD)の基準も満たしています。

解離性障害になる人は、身体的、性的、または精神的虐待を幼少期に受け続けた人がほとんどで、その記憶自体を思い出せない人も大勢います。心理学者のマーティン・セリグマン博士が行った実験では、犬を檻に閉じ込めて電気ショックを繰り返し与えたところ、檻を開け放っても諦めて逃げなくなったそうです。この状態を「学習性無力感」と呼びますが、私たち人間も「逃げ場がなく安全な場所がない」状況に置かれると、戦ったり逃げたりすることを諦め、凍り付いたように動けなくなります。

「身体」が逃げられない状態に置かれた子どもは、最終的な防衛手段として「意識」を逃がします。脳は意識が麻痺した時の体験を言語化して記憶できないため、恐怖体験が未処理のまま残り、解離性障害を引き起こすのです。

トラウマ研究を長年続けてきた精神科医のベッセル・ヴァン・デア・コーク氏は、著書『身体はトラウマを記録する』(注2の中で、トラウマ記憶の多くは非言語領域に留まっているので、言葉中心の心理療法だけでは効果が薄いと指摘しています。したがって、体の感覚にフォーカスする訓練(ヨガ、武道、マインドフルネス)、非言語的なアプローチ(アートセラピー、プレイセラピー)、神経回路に働きかける療法(鍼、タッピング、EMDR:眼球運動による脱感作と再処理法、ニューロフィードバック:脳波訓練法)などとの併用が不可欠になります。

また、最新の脳科学研究によると、私たちの誰もが複数の心を持っており(注3、トラウマによりそれが断片化されるそうです。このように切り離された自己の一部と対話を深め、調和や統合を図る「内的家族システム(IFS:Internal Family Systems)」療法も効果的です。いずれの方法も、身体感覚を手がかりにしながら自己対話を進めることで、「自分の主導権は自分が握っている」という主体感覚を取り戻すことが大切です。


*同記事は、ノースウェスト大学院で臨床心理学を専攻し、シアトル地域の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、ライフフル・カウンセリングで米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー(認定ID:LH60996161)としてセラピーを行う長野弘子さんが、学術データや経験をもとに執筆しているものです。詳しくは、ライフフル・カウンセリングなど専門家へご相談ください。

(参考資料)

(注1Dissociative Disorders: An Overview of Assessment, Phenomonology and Treatment.

https://www.researchgate.net/publication/231337464_Dissociative_Disorders_An_Overview_of_Assessment_Phenomonology_and_Treatment



(注2)『身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法』ベッセル・ヴァン・デア・コーク著

https://tinyurl.com/x9m9j4kf



(注3)『右脳と左脳を見つけた男認知神経科学の父、脳と人生を語る』マイケル・S・ガザニガ著

https://tinyurl.com/2xpxa8z6

ワシントン州認定メンタルヘルス・カウンセラー(認定ID:LH60996161)。ニューヨークと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の記事を寄稿。東日本大震災をきっかけに2011年にシアトルへ移住し、災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウエスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在、マイクロソフト本社の常駐セラピストを務める。hiroko@lifefulcounseling.com