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忙しいのに満足感がない「心理的回避」とは? ~心の中で避けていることが子どもに伝わるとき〜子どもとティーンのこころ育て

子どもとティーンのこころ育て

アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。

忙しいのに満足感がない「心理的回避」とは?
~心の中で避けていることが子どもに伝わるとき〜

育児、仕事、家事に追われる毎日。自分の時間が欲しいと思っているのに、いざ時間ができると落ち着かず、つい予定を詰め込んでしまうことはありませんか? 表面的にはちゃんと生活しているし、やるべきこともこなしているのに、ふとした瞬間に「これでいいのかしら?」と感じてしまう。そんな人は、もしかすると隠れた回避行動である「心理的回避(covert avoidance)」が原因かもしれません。
忙しさは、ときに自分の感情と向き合わなくて済む理由づけになります。たとえば、こんな行動に思い当たることはありませんか?

いつも忙しくしていて、予定が埋まっていないと不安になる
自分の感情を後回しにして、「とにかく動く」ことを優先する
落ち込むと、動画やSNS、ゲームに没頭して現実逃避する
怒り、
悲しみを表に出すのが怖く、「ポジティブに切り替えよう」とする

これらの背景には、「恐れや不安、孤独などの気持ちを直視したくない」という心の中の回避反応、つまり「心理的回避」があります。いつも忙しく頑張っている母親、頼りになる職場のリーダー、明るく社交的な人の中には、無意識に心理的回避を防御としている人がいます。特に育児世代は、家族や子どもの世話を優先し、自分のニーズや気持ちを置き去りにしがちです。子育てや家事に追われて「感情と向き合う余裕」がそもそも生まれにくいのです。こうして自分の気持ちを深く感じないままに日々が過ぎていくと、心の奥底で「なんとなく満たされない」「誰とも深くつながれていない」「自分の居場所がわからない」と感じることが増えていきます。
親の「心の回避」は、子どもの「回避行動」に影響
親がこうした心理的回避を続けていると、子どもはそれらを学習して「表面的な回避行動(overt avoidance)」を取るようになります。これは「社会的学習」と呼ばれる現象で、言葉だけではなく態度や空気感から子どもは多くを学び取るのです。たとえば、自分の気持ちを表現しなくなったり、深い友達付き合いを避けたり、不安や恐れ、ストレスなどに向き合わずに過ごすようになります。
回避から抜け出すための小さなステップ
では、心理的回避から抜け出すにはどうしたらよいのでしょうか? その第一歩は「自分の本音を避けようとするのではなく、少しずつ認める」ことです。以下に具体的な方法を紹介します。

❶ 夜に「心のメモ」をつける
置き去りにしていた気持ちを少しずつ感じていきます。「今日は何がうれしかった? 何が不安だった?」と自分に問いかけ、1日数行でメモしましょう。たとえば、「子どもと笑い合ったのがうれしかった」「パートナーに無視されて悲しかった」など。紙に書くことで、自分の気持ちを落ち着いて受け止めることができます。

❷ 自分の「本音の欲求」に気づく
「本当はどうしたい?」を問いかける時間を持ってみてください。たとえば、「自分の時間がほしい」「誰かに話を聞いてほしい」「旅行に行きたい」など。気づくだけで、少しずつ自分の本当の欲求を知ることができるようになります。

❸ 安全な本音を意識的に伝える
信頼できる友人やパートナーと、1日1回でも本音を話す時間を作ってみましょう。「今日は疲れた」「ちょっと落ち込んでる」と言葉にするだけでも、心のつながりが感じられるようになります。自分の弱音や本音を受け止めることで、他人との距離感も自然と変わってきます。
ネガティブな感情の奥には「本当はこうだったらいいのに」という願いが必ずあります。怒りや悲しみは、心の奥底の望みから生まれる自然な反応です。それを認めることで、自分の本音にも気づきやすくなります。親が「自分の気持ちと向き合おうとする姿勢」は、子どもにとって何よりの学びになります。「自分の気持ちを大切にしていいんだ」と子どもが感じられるようになるのです。そうして子どもは、自分の恐れと向き合いながら、願いの実現に向けて人生を歩んでいけるようになります。まずは今日、ひとつだけ、「今、自分はどう感じているのか」に目を向けてみませんか?
長野 弘子
ワシントン州認定メンタルヘルス・カウンセラー(認定ID:LH60996161)。ニューヨークと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の記事を寄稿。東日本大震災をきっかけに2011年にシアトルへ移住し、災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウエスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在、マイクロソフト本社の常駐セラピストを務める。hiroko@lifefulcounseling.com