昨年公開された映画『パーフェクト・デイズ』は『パリ、テキサス』(1984年)や『ベルリン・天使の詩』(1987年)などで知られるドイツの映画監督、ヴィム・ヴェンダースによる東京を舞台にした作品です。主役の役所広司は、セリフが極端に少ない公衆トイレ清掃員の役を見事に演じ、カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞しました。
映画のタイトルはアメリカのミュージシャン、ルー・リードの楽曲「パーフェクト・デイ」(1972年)から。映画の中では、ザ・ローリング・ストーンズやザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、オーティス・レディングなど、1969年代後半から70年代のアメリカのロックの名曲が多く使われています。特に印象的なのは、日本語の歌が二度登場する場面です。役所広司が演じる平山が毎朝仕事場に向かう車の中で聴くカセットテープの中の一曲、金かねのぶ延幸子の「青い魚」(1972年)です。金延幸子は日本の女性フォークシンガーの草分け的存在で、その寂しげでのびやかな歌声には秘めた力強さがあります。映画では、早朝の首都高速道路が映し出されるシーンでこの曲が流れ、東京の風景と1970年代フォークソングとのペアリングがなんとも印象的です。
もう一曲は、映画の中で平山が通うバーの店主を演じる石川さゆりがイギリスのロックバンド、ザ・アニマルズの「ザ・ハウス・オブ・ライジング・サン (朝日のあたる家)」(1964年)を日本語で歌う場面です。これがじつに素晴らしい。ザ・アニマルズの曲は映画の冒頭で平山が職場に向かうシーンでも流れてきます。その曲を石川さゆりが今度は日本語で歌うわけです。この曲の原曲はアメリカのフォークソングで、「朝日のあたる家」とは、19世紀に実在した刑務所または娼館を指す呼称だったとか。ザ・アニマルズの曲は、娼婦に落ちぶれてしまった女性が半生を振り返って悔やむ心情が歌われます。その歌詞を浅川マキが訳詞で歌い、ちあきなおみや浜田真理子なども歌っています。石川さゆりも「朝日楼」のタイトルで今年6月にリリースしました。映画の中の石川さゆりの歌唱は、代表作「津軽海峡・冬景色」に見られる演歌の情念と社会風刺的なフォークソングの要素が合わさったような迫力です。
映画自体は、スローペースで大きな事件が起こるわけではないため、賛否両論あるようですが、私はいい映画だと思いました。でも映画よりもむしろ石川さゆりの「朝日楼」のパフォーマンスを、映画のシーンのように小さなバーで間近で聴くことができたら、と夢見るほどに感動してしまいました。