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Drive My Car「ドライブ・マイ・カー」 〜注目の新作ムービー

注目の新作ムービー

ふたつの作家世界が混在

Drive My Car
(邦題「ドライブ・マイ・カー」)

今、世界中で最も注目を浴びている邦画と言えば本作に違いない。監督/脚本の濱口竜介は、村上春樹の短編小説を脚色して昨年のカンヌ映画祭で脚本賞を受賞。その後も多くの映画賞を受賞し、本年のアカデミー賞では、作品賞・監督賞・脚色賞・国際長編映画賞の4部門にノミネートと、快挙尽くめである。妻を亡くした中年男と若い女の喪失と悔恨、そして再生への道程を描いていく。

俳優で舞台演出家でもある家福(かふく)(西島秀俊)は、脚本家の妻、音(おと)(霧島れいか)と充実した暮らしを築いていたが、その音が急逝してしまう。ふたりの習慣として、家福が演じる役の相手役の台詞を音が録音するというものがあった。彼はそのテープを聴きながら車を運転し、台本を体にたたき込んでいた。その習慣は音の死後も続く。

2年後、家福は広島で上演される「ワーニャ伯父さん」の演出家として招請される。かつて何度も演じた作品で、今回は多言語演劇という。世界各地からの配役決めも家福の役割だった。自分の車で広島に到着すると、主催者側から演劇祭の決まりとして若い女性運転手のみさき(三浦透子)を紹介される。初めは抵抗感を覚える家福だったが、寡黙な彼女の運転は実に安定していた。リハーサルの行き帰りにみさきの運転する車に乗り、音が録音した「ワーニャ伯父さん」の台詞を何度も聴く家福。口の重いみさきと少しずつ会話を持ちながら、家福は妻の暗い秘密を思い出していくのだった。

50ページほどの短編を3時間の映画として作り上げた脚本が素晴らしく、カンヌの脚本賞も納得であった。家福の内面が、音の「ワーニャ伯父さん」の録音テープを通して推察される仕掛けや、9カ国の俳優たちの本読みとリハーサルを通してさらに明かされていく本作のテーマ。苦い後悔を生きる初老のワーニャ伯父と彼を助ける若いソーニャが次第に家福とみさきにダブっていく構成などが巧みである。とりわけソーニャ役を手話で演じる韓国出身のイ・ユナ(パク・ユリム)の豊かな表現力に魅了された。

また、音の過去に関わる若い俳優、高槻(岡田将生)の登場によって、平穏がかき乱されていく家福が見もの。みさきの運転する車の中で、高槻が家福に迫る長いワンショットは本作の白眉であった。

優れた脚本や独特なテンポを持つ演出に感服しつつ、気になったのは村上春樹節とでも言うのだろうか、音の女性像だ。彼女が物語を生み出す方法が明らかになるのだが、そんな簡単に脚本が書けるはずもないことは、村上も小説家なら百も承知であろう。女性の「神秘性」の強調は、女は自分と同等の人間ではないと言っていることに等しい。作家、中村うさぎの「村上春樹は一見女性に理解のある物わかりの良さを偽装しているがその底には女性蔑視がある」との指摘に同感せざるを得なかった。

エンディングで気付いたことがある。妻の謎にとらわれて、そのことから目をそらし続けた家福の苦悩は村上的であり、自分を解き放とうと静かにもがくみさきの女性像は濱口独自のものではないか。ふたつの作家世界が混在する本作のユニークさを再確認した。

Drive My Car
邦題「ドライブ・マイ・カー」

上映時間:2時間59分

写真クレジット:Janus Films

シアトルではAMC Pacific Place 11などで上映中。

映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。