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偉大なシンガーの原風景に触れる
Springsteen: Deliver Me from Nowhere /
邦題『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』
米国で1970年代から音楽活動を開始し、2022年にもアルバムを発表するなど、今もなお根強い人気を誇る「The Boss」ことブルース・スプリングスティーンの伝記映画。50年以上にわたり音楽活動を続けるシンガーソングライターで、労働者の生活をリアルに映した歌詞と力強いライブパフォーマンスで知られる。本作は、そんな長い経歴を持つ彼が、1982年に殺人犯の心境を歌う異色のアルバム『ネブラスカ』を制作した時期を描いている。アメリカン・ロックの雛形を作ったといわれる偉大なるシンガーの伝記としては派手さはないが、彼の人間性に深く迫る好作品だった。
時は1981年。大成功を収めたツアーを終えたブルース(ジェレミー・アレン・ホワイト)は、良き理解者でプロデューサーのジョン・ランドー(ジェレミー・ストロング)の勧めで、故郷ニュージャージー州の借家に落ち着く。当地のクラブで地元バンドと演奏していた彼は、昔の同級生の妹フェイ(オデッサ・ヤング)と出会い、彼女と付き合い始める。
同じ頃、レコード会社は次のアルバムを期待。ブルースはスタジオ費用を抑えるため、自宅でデモテープの録音を始める。読書をしたり映画を観たりしながら創作の方向性を模索する日々。テレビで放映されていたテレンス・マリック監督の映画『地獄の逃避行』に引き込まれ、実際の殺人犯の逃亡事件を題材に作詞を始める。そして、粗末な録音機材を使ってデモを録りためていくのだった。
こうして生まれたのがアルバム『ネブラスカ』だ。ブルースは「デモ録音そのものを採用する」「ジャケットに自分の顔は載せない」「宣伝もツアーも行わない」と主張し、レコード会社の反発を招く。それでも音源のノイズ問題を克服し、ついにリリースされる。殺人者の独白を一人称で歌うダークな作品である。制作の過程で彼はアルコールに溺れ母や彼に暴力を振るった父(スティーヴン・グレアム)との関係を何度も思い返す。それは、自身の原点、原風景に立ち返る時間でもあった。
終盤にロックスターの伝記にありがちな酒や麻薬、家族との離反といった悲劇的なドラマはない。『ネブラスカ』が高く評価され、続くアルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』でブルースが世界的なスーパースターへ上りつめたことなど、誰もが知っている事実が描かれる。で
きすぎた話のようにも感じるが、それがブルースという人間なのだろう。主演のホワイトが好演している。ステージで見せるエネルギッシュなパフォーマンスの一方で、過去を見つめ静かに内省する姿を巧みに演じ分けていて深い説得力があった。また、どんな時もブルースの理解者、サポーターであろうとするプロデューサーを演じたストロングの演技も秀逸。特に心に残ったのは、怒りを抱え込む父を演じたグレアムの存在感だった。
本作を通してブルースがうつ病の治療を受けていたことを知り、驚くと同時に納得した。彼がなぜ、成功と富を得た後も働く人々の心をつかみ続けているか。それは、親から暴力を受けて育った人間には避けて通れない厳しい道のりをしっかりと生きてきたから、と思わずにはいられない。
Springsteen: Deliver Me from Nowhere
(邦題『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』)
写真クレジット:20th Century Studios
上映時間:2時間
シアトル周辺ではシネコンなどで上映中。










Springsteen: Deliver Me from Nowhere 






