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バブル崩壊が残した悲劇〜シニアがなんだ!カナダで再出発

シニアがなんだ!カナダで再出発

在シアトル日本国総領事館に現地職員として39年間勤務した後に、2013年定年退職した武田 彰さんが綴るハッピー・シニアライフ。国境を超えるものの、シアトルに隣接する都市であるカナダのバンクーバーB.C.で過ごす海外リタイアメント生活を、お伝えしていきます。

バブル崩壊が残した悲劇

この本のように細かい調査に基づいてリアルに時代背景を織り込んだ物語は当時の社会問題を表面化させる意味で極めて貴重な存在だ有吉佐和子著の2冊複合汚染恍惚の人などもその好例か

思えば、日本で90年代初頭に起こったバブル崩壊後、シアトルの日本国総領事館で働いていた自分がその影響を肌で感じたのは、それから10年ほど経った頃だったか。会計処理が急に厳しくなり、細かい報告・関連資料提出義務など余計な事務が増えた。私が退職する2013年まで、ずいぶん窮屈になったと実感する日々だった。

いわゆる「ハケン」「リストラ」などの言葉が使われ始め、日本の職場環境は目立って変わった。元職場にも「派遣員」が日本から赴任するようになっていた。今、日本で働いている人は相当厳しいのだろうと想像するが、ひょっとして自分が働いた時代とは常識が変わってしまい、若い人たちは普通に対処・適応しているのかなとも思う。

たまたま最近読んだ2014年上半期直木賞候補作、貫井徳郎著『私に似た人』は、「なぜ今の時代に生きにくさを感じるのだろうか」と、バブル崩壊当時の日本社会を「悩みが尽きない歪んだ世界」として物語を展開させている。底辺でぎりぎりの生活を余儀なくされた多くの人たちが行き詰まって起こす悲劇を「小口テロ」と呼び、その背景にはSNSの広がりがあった、と問題提起する。

バンクーバーのダウンタウンは多くの街路樹が植わり都会にいながら季節感を味わえる4月初旬には桜を始めいろんな花が見ごろを迎えていた

東京の友人に最近の日本について尋ねてみた。「テロ的なことで言えば、ひきこもりになっていた人が、ナイフを振り回して児童をたくさん殺したり、秋葉原の歩行者天国に車で突入したり、数多くの事件が起きている。いずれも犯人は精神的に不安定だったと聞く。秋葉原の事件は犯人の弟さんが結婚もかなわなくなり命を絶ったという痛ましい結末だった。また、リタイアした元農水省事務次官が、当時44歳だったひきこもり息子の日頃の暴力に耐えかねて、自ら手にかけたという事件もあった。社会についていけなくなった人たちをすくい上げるシステムがないまま起きた事件という点では、これも同じと思う。みんな、いいニュースがないねと言うし、私も日々そう感じている。身の回りだけでも楽しくしようとしても、幸せな気分になるのは難しい」と、小説で描かれたような日本社会の「悩み」は実際にあると話す。

新型コロナワクチン接種の順番が4月1日やっと回ってきたカナダプレースのバンクーバーコンベンションセンターに設けられた接種会場に出向くと交通整理や案内を行う大勢の係員とボランティアの姿が見られた接種を受ける机も50台はあろうか接種後の待機時間含め30分で完了米国よりはやや遅いペースだが文明国に居住するありがたさを味わった

4月2日に起こった米連邦議会議事堂前での車突入事件も、職を失った若者による犯行だった。同月16日のフェデックス社物流倉庫での銃撃を始めとする一連の銃乱射事件も米国版「小口テロ」に相当し、本の内容に似ているようだ。日米のこれらのケースは、犯人が刺激を受けたり犯行予告を行ったりしている場が、この10年ほどで広く使われるようになったSNSという点で共通している。

今の社会は急成長・バブル時代に比べ、金銭的な縛りのみならず、「合コン」なる特異な言葉も生まれたように、潜在的パートナーや友人との出会いも少なくなっているのだろうと同情心が湧く。本の影響か、40年間同じ職場でフルタイムの職が得られた自分の境遇に何やら罪悪感すら覚える。数十年前には「一億総中流」と言われたほどの日本、そして大量殺人が繰り返される米国。私たちの社会は一体どうなるのだろうか?

滋賀県生まれの団塊世代。京都産業大学卒業後日本を脱出。ヨーロッパで半年間過ごした後シアトルに。在シアトル日本国総領事館に現地職員として39年間勤務。政治経済や広報文化などの分野で活躍。ワシントン大学で英語文学士号、シアトル大学でESL教師の資格を取得。2013年10月定年退職。趣味はピックルボールと社交ダンス。