在シアトル日本国総領事館に現地職員として39年間勤務した後に、2013年定年退職した武田 彰さんが綴るハッピー・シニアライフ。国境を超えるものの、シアトルに隣接する都市であるカナダのバンクーバーB.C.で過ごす海外リタイアメント生活を、お伝えしていきます。
「ヨタヘロ」期をどうやり過ごすか
シアトルの古い友人に「次のエッセーのネタはない?」と尋ねたら、「ヨタヘロ期をどう生きるか、という題はどう?」と返ってきた。調べてみると、日本のある評論家が使った言葉らしい。75歳を過ぎたあたりから、足はヨタヨタ、体はヘロヘロになってくる時期を指すという。自分もすでにその年齢を迎え、ちょっと考え込んでしまった。温泉旅行に孫の相手、悠々自適な時間は、せいぜい「元気シニア期」までの話。その先をどう生き抜くか——ひょっとすると人生最大のプロジェクトになりかねない。
先日、悲しいことがあって気持ちを立て直そうとしていたとき、ピックルボールの仲間の言葉を思い出した。「なぜ腕時計をしないのか」と聞くと、彼はきっぱり「To Live for the moment——今を生きたいから」。単純な私、それ以来、皿洗いも、くだらないドラマを見る時間も、その瞬間に精いっぱい集中してみた。そうすれば、嫌なこともその時だけは忘れていられる。77歳にしてようやく少し知恵がついた?
スマートウォッチ歴5年以上。睡眠中の心拍データに一喜一憂し、かえって心配になることも。今を生きるにはノイズかもしれない
実際、私の周りにはヨタヘロ期を豪快に生きるシニアたちがいる。82歳の女性は処方箋いらずで、水泳と社交ダンスを日課に颯爽と暮らしている。80歳の男性は腕の痛みを抱えながらも水彩画と写真のクラブに通い、「寂しい」という愚痴すら創作の種にする。92歳の男性は片肺で一人暮らしを続ける。85歳の女性は病弱な娘のそばにいるために新しい暮らしを選び、アメリカから東京へ。これはもはや冒険家の域だ。共通するのは「役に立つこと」への意欲か。人は「必要とされている」と感じるとき最も生き生きとするという。これは77歳でも27歳でも変わらない。
鉄道開通を機にバンクーバー初の高級住宅街となったウェストエンド。築100年以上の歴史的家屋が、今もチャリティー施設などで活かされる
バンクーバーにある「ウェストエンド・シニアズ・ネットワーク」は、55歳以上のシニアを対象とする非営利団体。買い物代行や電球交換といったちょっとした困りごとをサポートし、必要なときには自分もサービスを受けられる相互扶助の場だ。高齢者施設に入るよりも、ずっとスマートな老後設計ではないか。
映画『ノマドランド』の批評にこんな言葉があった。「私たちは誰もが流れ星のように一瞬の光を放つ漂泊の旅人にすぎない」。宇宙から見れば、人一人の命などちり一粒にも満たない。しかし、そのちりには、笑い、泣き、愛し、悩む頭脳がついている。生を授かったことは喜んだほうが得だ。
デンマンモール内の「ウエストエンド・シニアネットワーク」は、近隣の歴史的大邸宅にも拠点を置く高齢者支援団体。運営費の一部は向かいの古着屋の収益から
ヨタヘロ期を生き抜く秘訣を一言で言えば、「腕時計を捨てろ」。過去の後悔と未来の不安で両腕をふさがれていたら、今日を生きる手がなくなる。もし「最近どう?」と聞かれたら、「シニアがなんだ、まだまだこれからだ」と居直ろう。ヨタヘロしながらでも、前へ。それが私たち流れ星の、最後の輝き方だ。
バーナビー市にある「日系ナショナル博物館兼文化センター」は、日系カナダ人の歴史・遺産・文化を保存、発信する施設。日系老人ホームやアパートが隣接する
公的住宅(家賃は月収の3分の1、ケアなし)
民間施設(月4,200ドル〜、食事や掃除込み)

















