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もう知ってます、ありがとう〜シニアがなんだ! カナダで再出発

在シアトル日本国総領事館に現地職員として39年間勤務した後に、2013年定年退職した武田 彰さんが綴るハッピー・シニアライフ。国境を超えるものの、シアトルに隣接する都市であるカナダのバンクーバーB.C.で過ごす海外リタイアメント生活を、お伝えしていきます。

もう知ってます、ありがとう

北米で初対面の人と話すとき、大きく分けて2種類の人がいる。

1種類目は、私を見た瞬間に「移民」と判断し、オリエンテーションモードに切り替える人だ。声のトーンが下がり、話すテンポがゆっくりになる。ところどころで「……わかりますか?」と確認を挟む。彼らが知らないのは、私が北米で50年以上暮らしてきたという事実だ。英語で税金の申告書を書き、英語でクレジットカード会社と口論し、英語で笑い、英語で泣いてきた50年。まるで移民船から降りたばかりの人のように話しかけられると、気持ちが少しばかりしぼむ。

愛猫フジの灰は家の近くの藤の花の下に眠る。バンクーバーに移り12年。これが今の、私の平和だ

教訓はこう。誰かに何かを伝えるときは、相手がすでに基本を知っているかもしれないと想像してみること。相手を尊重し、そのうえで新しい情報を提供する。そうすれば会話は一方的な講義ではなく、本物のやりとりになる。もし伝えた情報を相手がとっくに知っていたとわかったら、それはそれで、その人への尊敬の念が一つ増すというものだ。

2種類目は、ごく普通に話しかけてくれる人だ。そういう会話には自然と入っていける。ただ、この種類にもたまに落とし穴がある。自分の話に夢中になりすぎて、私がそこにいることをすっかり忘れてしまう人がいるのだ。誰かに向かって話すことと、誰かと話すことは似て非なるもの。前者は独演会であり、後者だけが会話と呼べる。

街の中心では毎週末、イラン系コミュニティーによるデモや反戦デモの声が響く。騒がしくとも、これもまた健康な都市の証し

カナダに来たばかりの頃、日系コミュニティーに顔を出してみたことがある。新顔の私は、いつも静かに品定めされているような気がした。「奥さんは?」「お子さんは何人?」会話は聞き取り調査のようで、たちまちぎこちなくなる。自分が一つの「型」に押し込まれていくような感覚が、どうにも苦手なのだ。日本で生きてきた自分にも、北米で生きてきた自分にも収まりきらない部分がある。そこを大事にしたいと思ってきたのだと、年を重ねてようやく言葉にできようになった。

会話は2人で向かい合ってこそ充実する。それだけのことが案外難しい

最近、うれしい発見がある。私と同じように自由を求めて日本を出て、自分のペースで面白い人生を築いている人たちが多くいるのだ。一人はデンマン通りで日本風の喫茶食堂を経営する女性。オムライス、ナポリタン、甘さ控えめの手製デザート。コーヒーを1杯運んでもらっただけで胸が温かくなるとは我ながら単純だが、日本式のもてなしにはそういう力がある。もう一人は、初対面なのに先入観なく話しかけてくれた男性。何十年も子どもたちにボランティアでサッカーを教え続けている。見返りを求めず陰で誰かを支える姿は、まさに「静かなる英雄」タイプだ。

サッカー教師のマントさん。日本人滞在者の世話をしながら、有機栽培の手作り納豆を販売。根っからの世話好きで、活動の幅も広い頼れる存在

ムライス、ナポリタン。かつての日本の喫茶食堂をほうふつとさせる「93 Coffee」。店を営むクミさんの明るさが、木製のお盆に乗ったコーヒーをいっそう温かくする

趣味のサークルでは軽い会話を交わすが、若い人たちの速い会話についていけないことも増えた。アルコールが飲めなくなったこともあって、ハッピーアワーへの参加もつらい。そして、電話だ。30分待たされた挙げ句、ようやくつながった相手には訛りがある。補聴器のブルートゥース接続も気まぐれで、お互いの声がうまく聞き取れない。そんな格闘に思わず苦笑いが込み上げ、私は静かに受話器を置く。

自宅一階のカフェで覚えたコルタード。同量のミルクでエスプレッソの苦味を和らげた一杯を、デカフェで日に3杯

相棒ジェームズ、74歳で連日ピックルボール。衰え知らずの競争心に比例して、その腕前もますます磨かれていく

移民の身で、移民だらけの街で、年を重ねていくのは独特の経験だ。社会的な摩擦、音響的な摩擦、体力的な摩擦。どれも小さいけれど、積み重なると少しずつ重くなる。

それでも、温かいコーヒーを受け取る瞬間がある。するすると弾む会話の日がある。枠に収まらない自由な魂と出会う午後がある。そういうとき、北米で50年を過ごしてきた自分の選択を静かに肯定できる気がする。

来てよかった、とやはり思う。

補聴器歴20年以上。ブルートゥースの接続は不安定。相手の訛りも加わって、電話はますます遠のく。ネットに助けられながら、今日も格闘中

バンクーバーの5月の夕暮れ。早めの夕飯を終えて散歩できる季節。
何もせず景色を眺めようとするが、5分もすると落ち着かなくなる

武田 彰
滋賀県生まれの団塊世代。京都産業大学卒業後日本を脱出。ヨーロッパで半年間過ごした後シアトルに。在シアトル日本国総領事館に現地職員として39年間勤務。政治経済や広報文化などの分野で活躍。ワシントン大学で英語文学士号、シアトル大学でESL教師の資格を取得。2013年10月定年退職。趣味はピックルボールと社交ダンス。