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注目の新作ムービー「ワイルド・ローズ」

注目の新作ムービー

悔しさを積み重ねて

Wild Rose (邦題「ワイルド・ローズ」)

障害を乗り越え、自分の夢を叶える。誰もが夢をつかめるわけではないからこそなのだろう、映画で何度も描かれてきたテーマのひとつだ。ジャンルとしては「スター誕生もの」。その中で英国作品はとりわけ出来が良い。バレエダンサーに憧れた少年が主人公の「リトル・ダンサー」(2000)やサッカー選手に憧れたインド系少女の物語「ベッカムに恋して」(2002)、少女が家業のプロレスを引き継いでいく「ファイティング・ファミリー」(2019)など、パッションとユーモアいっぱいの名作は多数。本作もそんな英国のお家芸的スター誕生ものの秀作だった。

舞台は、現代のスコットランドのグラスゴー。若きシングルマザーのローズ=リン(ジェシー・バックリー)の夢は、ナッシュビルに行ってカントリー歌手になること。コテコテのグラスゴー訛りで話す主人公が、アメリカの「演歌」、カントリーの歌手を目指す設定がおかしい。

抜群の歌唱力があるのだが、アメリカへの渡航資金を手っ取り早く手に入れようと、麻薬売買に手を出したのがイケナかった。1年近いムショから出所してみると、専属だったカントリー・バーには別の歌手がいて、ひと悶着の末に追い出される。そのうえ、幼い子どもふたりを預かっていた母(ジュリー・ウォルターズ)からも、親の自覚を持てとどやされる。仕方なしに、嘘を並べて金持ちの家の清掃をすることになるのだが……。その後、主人公は「アリー/スター誕生」(2018)のようなハンサムな先輩歌手に認められる都合の良い展開もなく、シビアな紆余曲折に苦闘する。果たして、彼女は夢をつかめるのか?

英国作品の良さは、家族との関係が丁寧に描かれている点だ。本作では母親がピカイチ。がむしゃらに夢を追う娘にガミガミと厳しいのだが、娘の夢を潰すつもりもない。厳しさと愛を持つ厚みのある母親像を名優、ウォルターズが巧みに演じている。

そして何よりも本作の魅力は、破天荒な主人公をはつらつと演じたバックリーの素晴らしさである。圧倒的な歌声もさることながら、ムショ帰りという負の出発から、悔しさをたくさん積み重ねて、自分の場を見出していくという主人公を、ユーモアと説得力を持って見せてくれた。まさにスター誕生の主演作と言えるだろう。

ニコール・テーラーによるオリジナル脚本も優れていた。英国で女性主人公のドラマや映画の脚本を多く手がけてきたテーラーならではの、ただ泣かせるだけではない、リアルな母娘像が書き込まれていた。英国は才能豊かな女性ライターの宝庫だ。

Wild Rose (邦題「ワイルド・ローズ」)

写真クレジット:Entertainment One

上映時間:1時間41分

シアトル周辺では9月10日で上映終了。

映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。