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子育てに生かす「動機づけの力」~マズローの欲求階層理論から学ぶ〜子どもとティーンのこころ育て

子どもとティーンのこころ育て

アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。

子育てに生かす「動機づけの力」
~マズローの欲求階層理論から学ぶ

「うちの子、やりたいことがないんです」、「将来の夢が何もないのが心配で……」という悩みを持つ親は少なくありません。今回は、心理学者アブラハム・マズローの理論をもとに、やる気や動機がどこから生まれるのかを理解し、子どもの夢を見つけて応援する方法を紹介します。
マズローは、人間の基本的な欲求を5段階に分けた「欲求階層理論」を提唱しました。

①生理的欲求 (Physiological needs)

食事・睡眠・排泄など、生命を維持するための本能的な欲求。

②安全の欲求 (Safety needs)
心身の安全性や安定した生活など、安定した状態を保とうとする欲求。

③社会的欲求と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging needs)
「他者に受け入れられたい」という欲求。

④承認・尊重の欲求 (Esteem needs)
自分の価値を認められたいという欲求。自ら価値を認めたい「自己承認」と、他者から評価されたい「他者承認」の2つがあり、マズローは「他者承認」を求め続けることの危険性を指摘。

⑤自己実現の欲求 (Self-actualization needs)
自分の可能性を最大限に発揮し、充実した人生を送りたいという欲求。

「欠乏」からの動機か「成長」からの動機か

マズローは、「自己実現の欲求」以前の4段階の欲求を「欠乏欲求」と呼びました。これは、心の空白や欠乏感を埋めたいという欲求であり、「うつ ろな穴」と表現しています。不足感にさいなまれ、恐れや不安を感じている状態です。一方、「自己実現の欲求」は「成長欲求」と呼ばれ、自分の内側にある可能性を引き出したいという欲求です。自分の本当にやりたいことが明確で、結果や業績ではなく行動そのものに成長と喜びを感じます。たとえば、「ゲームが好きだからプログラミングを学ぶ」、「Youtubeにハマって動画編集を始めた」などが挙げられます。
成長欲求に基づいて生きている人は、今この瞬間を楽しみながら成長し、困難に直面しても自分を信じて対処できます。逆に、欠乏欲求から行動している人は、社会的、経済的に恵まれていても、欲求不満や不安を感じて心身の不調に陥ることがあります。

自己実現型の人を育てる3つのステップ

子どもが自分のやりたいことや将来の夢を見つけ、自発的に行動するためには、成長欲求以前の4段階の欲求を満たすことが不可欠です。そのための3つのステップを紹介します。
① 生理的欲求・安全欲求・社会的欲求を満たす:子どもが安心感と愛情を十分に感じられるよう「今のあなたで十分だよ」と繰り返し伝え、長所・短所を含めてそのままを受け入れる。
② 承認欲求を満たす:子どもが「やってみたい」と思うことをサポートし、できた瞬間を一緒に喜び、結果よりも努力や成長を認める。
③ 失敗しても安心な空気をつくる:「失敗しても大丈夫」、「やってみてよかったね」と伝え、チャレンジする姿勢を応援する。
マズローは、当時の心理学が病理や障害に焦点を当てる中、創造性や喜びといった前向きな側面にフォーカスしました。そして、充実した内面世界を生きている人は、自己実現的人間だと気づいたのです。自己実現は必ずしも社会的な成功とは限らず、学業や職業に限定されたものでもありません。「理想的な母親になりたい」「趣味の分野で極めたい」といった、内側から湧き上がる望みであれば何でもいいのです。
世界が急速に変わりゆく中、子どもが幸せで充実した人生を生きられる確実な方法は、自己実現的人間に育てること。マズローは、自己実現的人間を「人類を最も愛し、かつ個人の特性(個人の特徴や属性、個性)を最も発達させた人」と表現しています。そして、自己実現を目指す人は日常とは異なる深い感動や幸福感を覚える「至高体験」を得ることができ、その体験の中で夢中になり自我を忘れるような「忘ぼうが我」の状態に至ることもあるとしています。自分の個性を突き詰めて探求すると、最終的には「自我を忘れる境地に至る」とは興味深いものです。親子ともに、心の底にある自分の望みを大事にし、最高の幸福と充実を感じる人生にしたいですね。
参考文献

▪️承認欲求に苦しまない方法 ~自分を認める「自己承認」のススメ
https://soysource.net/lifestyle/children_teen_kokoro/kokorosodate-11222024

▪️子どもが進んで宿題をするようになる~マズローの欲求5段階説~
https://soysource.net/lifestyle/children_teen_kokoro/how-to-motivate-your-child-to-study

長野 弘子
ワシントン州認定メンタルヘルス・カウンセラー(認定ID:LH60996161)。ニューヨークと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の記事を寄稿。東日本大震災をきっかけに2011年にシアトルへ移住し、災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウエスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在、マイクロソフト本社の常駐セラピストを務める。hiroko@lifefulcounseling.com