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インセルやミソジニー、「非モテ」による犯罪と男の子の育て方

子どもとティーンのこころ育て

アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。

インセルやミソジニー、「非モテ」による犯罪と男の子の育て方

子どもたちが日々接しているSNSですが、中には暴力を助長するような過激なメッセージが潜んでいることも。特に近年、大きな問題となっているのが「インセル」です。

インセルとは、「Involuntary Celibate(不本意な禁欲者)」の略で、「非モテ」とされる人々の中でも、自分の容姿に強いコンプレックスを持ち、「自分がモテないのは女性のせい」という強烈なミソジニー(女性嫌悪)を抱く人々のこと。その大部分は白人男性と言われており、「男女平等の社会は間違っていて、女性の権利は制限されるべき」、「全ての女性は男の金と外見にしか興味がない下等な生き物」、「女性は暴行や抹殺をされて当然」などと信じている人もいます。

インセル・コミュニティーで英雄的存在となった大量殺人犯が、白人と中華系ハーフのエリオット・ロジャー容疑者です。2014年5月、裕福な家庭で育った当時22歳だったロジャー容疑者はカリフォルニア大学サンタバーバラ校のキャンパス近辺で6人を殺害し、14人を負傷させた後に自殺。137ページにもわたる声明文を遺し、YouTube動画では「どうして君たち女の子が僕になびかないのかわからない。僕は君たち全員を罰する。不公平だ、犯罪だ」と、女性への強い憎悪と復讐(ふくしゅう)心をあらわにしています。

この犯行は、多くのインセルたちに影響を与えました。2018年4月、25歳のアルメニア系とイラン系のハーフ男性がカナダのトロントで通行人の10名を車でひき殺し、16人を負傷させましたが、犯行直前にフェイスブックで以下のような投稿をしました。「インセルの反乱は始まっている! われわれは全員のチャドやステイシーを倒すのだ! 最高位の紳士、エリオット・ロジャー万歳!」。ちなみに、「チャド」と「ステイシー」というのは、性的に魅力を持つ男性と女性を指すインセル用語です。

インセルの危険思想が問題になり、コミュニティーの多くは閉鎖されましたが、その後も北米では類似した無差別テロが十数件も起きています。日本でも2021年8月、36歳の男が東京・小田急線の電車内で、乗客10人に重軽傷を負わせた事件が社会に衝撃を与えましたが、供述では「勝ち組の女や幸せそうなカップルを見ると殺したかった」と、北米のインセルたちと類似した発言をしています。

これらの犯人は共通して、共感性やソーシャル・スキルの欠如、家族や友人との精神的な絆の欠如、孤独感・不安・うつ症状、外見への極端なこだわり、女性と付き合うのは男として当然だという「特権意識」、物事を両極端に考え決めつける「二極思考」、不幸な状況は自分のせいではなく女性や社会のせいだという被害者意識を持ち、責任転嫁をする傾向が見られるのが特徴です。思い通りにならないのは全部「ママのせい」と泣き叫ぶ駄々っ子がそのまま大きくなり、その怒りをぶつける依存対象がママから女性全般に移ったとも言えるかもしれません。

また、ネットを中心とした交流では、レコメンデーション機能により同じような意見がどんどんプッシュされるので、多様な考え方に触れることなく誰もが洗脳される状況になりやすいという側面も。女性を嫌悪する人たちがフェミニストになりすまして、故意に非常識なコメントや意見を投稿し、「フェミニストはクレイジーだ」と悪評を立てて世論を誘導することもあり得るのです。

子どもを過激思想から守るために、親にできることは何でしょうか。まずは他人からの評価に振り回されない確固とした自己を確立するために、「あなたの考えは何?」、「あなたの気持ちがいちばん大事だよ」と、子どもの考えや気持ちに焦点を当てることです。次に、共感力とコミュニケーション力を高めるため、問題が起きたら子どもの気持ちにまず共感し、そのあとで相手の気持ちも考えるように促して問題解決をさせましょう。また、特定の文化や民族、ジェンダーに関する批判は控え、違いや多様性を受け入れて尊重する気持ちを育てることが大切です。

自分の人生の責任は、自分で取ることしかできません。他者批判は他者依存。自分のできることにフォーカスすることが、精神的な自立と言えるのかもしれませんね。そのためにも、子どもの考えを尊重しつつ別の考え方や価値観があっていいこと、心の弱さやみにくさもまた人間らしさであることを教えてあげましょう。そして、オンライン空間だけでなく、ボランティアや旅行、自然に触れるなど、さまざまな体験の機会を作ることで、極端に執着することのない器の大きな人間に育ってくれるといいですね。


*同記事は、ノースウェスト大学院で臨床心理学を専攻し、シアトル地域の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、ライフフル・カウンセリングで米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー(認定ID:LH60996161)としてセラピーを行う長野弘子さんが、学術データや経験をもとに執筆しているものです。詳しくは、ライフフル・カウンセリングなど専門家へご相談ください。

ワシントン州認定メンタルヘルス・カウンセラー(認定ID:LH60996161)。ニューヨークと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の記事を寄稿。東日本大震災をきっかけに2011年にシアトルへ移住し、災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウエスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在、マイクロソフト本社の常駐セラピストを務める。hiroko@lifefulcounseling.com