第2回
涙の卒園式と、シールで動く子どもたち
涙の卒園式と、シールで動く子どもたち
今月は卒園式。働き始めて2カ月余りの新米教師である私は、「自分にはあまり関係ないかな」と思いながら準備を進めていた。しかし当日、そんな私でさえ、成長した子どもたちの姿に思わず涙がこぼれそうになる。何度もおもらししていた女の子や、寝起きは機嫌が悪く毎回大暴れする男の子が、静かに舞台に立っただけで感動して、スタンディング・オベーションしてしまいそうになった。親のほうが冷静に見ていたような気がする。 以前、「友達の作り方」について私が人生相談させていただいた上級生まで卒園してしまった。先生にもプレゼントしたいからと、母の日に彼女が描いてくれた素敵な絵は今でも自宅に飾ってある。大きい子たちの卒園に伴い、園内のけんかが一気に減ったという嬉しさもある反面、やはりかなり寂しかった。
季節が移り、夏風吹き始めたわが園では、最近恐ろしい資本主義がはやり始めている。なんと、ポケモンカードを通貨代わりにして下級生に労働をさせる上級生が現れたのだ! 「ポケモンカードが欲しい人!」と呼びかけて集まった子に、「じゃあ僕の代わりにこれ片付けてね」と頼む。そんなやりとりが、最近では日常風景となっていた。はじめは、かわいいなと思って見逃していたが、そのうち先生までも買収し始めた。「先生、グーグルいる?」と聞かれたときにはさすがにもらえるなら欲しいかもと心が動いてしまったものだ。
「この子はずる賢い子だなぁ」とのんきに交渉している姿を眺めていたとき、ふと気が付いた。この資本主義……私が始めたのかもしれない!
園に勤め始めた頃、片付けをしない子どもに困り果て「自分でしたほうが早いじゃん」というせっかちな性格を押し込めて、なんとか説得を試みたが惨敗。そこで、「お片付けできたらシールあげる」と言ってみると、みんな人が変わったように片付け始め、次第にもらえたシールの数で競うようにまでなったのである。この技の効果に味を占めた私はこれを乱用し、それを見ていた賢い子が使えると判断し、まねをし始めたのだ。一抹の反省を覚えながらも、その子の観察力の高さに今後が楽しみに思えた。
子どもと接する中で、自分の言動がどう子どもに映るのか、常に意識しなければならないと痛感する日々。新米教師、奮闘中……。












