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転職を決断したきっかけ〜科学者JJの就活日記Vol.5

転職を考えるようになったのは、ちょうど1年前のことでした。社会人1年目にして労働環境や待遇は満足の行くもので、製薬会社のため、ほぼラボの中で缶詰状態ではあったものの、新卒としてはこの上ない仕事だったと今でも感じます。ではなぜ、こんなホワイトな職場をたった1年で去る決断をしたのか?

まず、1つ目の理由としては、モチベーションの低下でした。作業自体は楽ちんで、4カ月ほどでほとんどの仕事を自分ひとりでこなせるようになっていたので、毎日がその繰り返し。僕は常に刺激が欲しいタイプの人間なので退屈してしまい、いつも仕事外のことばかり考えていました。

2つ目の理由は、20年同じポジションで働いている先輩からの言葉でした。「この仕事は楽に安定した収入を得るには良いけれど、若者は1年で学ぶだけ学んだらほかに移るべき」と、アドバイスをもらいました。その先輩はこれまでも僕のような若者をたくさん見てきて、実際に早い段階で転職し、キャリアを築いているのを知っているようでした。

3つ目の理由は、給料。僕は実家暮らしでバイトをしていたこともあり、当時もらっていた額で十分だったのですが、ほかの製薬会社では同じポジションでも2割増しといううわさは聞いていました。せっかくなら給料は高いほうがうれしい。履歴書の見栄えに影響するので、少なくとも1年は同じ会社で働いたほうが良いと判断し、勤務1年を迎える6月に照準を合わせて転職活動を始めました。

1・2月はネットワーキングと情報収集。3月末からは3週間の有休消化も兼ねて、4年ぶりに日本へ遊びに行き、日本の友人たちと久しぶりに集まってキャリアの話などもしながら転職へのモチベーションを上げることができました。そして、4・5月には出願や面接などに取り組むことになるのですが、具体的な内容については次回に書きたいと思います。

これは余談ですけれど、製薬会社でのフルタイム勤務に加えてバイトをしていたのは日本食レストランでした。サーバーとして平均週3回のシフトで入っていて、チップ収入もかなりあります。本職ではインフレ調整として5.5%の年収アップ、そして3月の給与査定で少し昇給を勝ち取り、辞める頃には最初に提示された年収の11%増しに。バイトからの収入を合計すると、税金が差し引かれる前ではおよそ7、8万ドルの年収で社会人1年目を終えたことになります。これが転職後にどう変化していくのか、乞うご期待!

JJ■1999年生まれ。韓国出身。5〜19歳を日本で過ごし、19歳からシアトル郊外にて暮らす。ワシントン大学卒業後、製薬会社で化学者として働く。