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『Lilting』 最愛の人を失った母と恋人

Lilting-Movie
写真クレジットStrand Releasing

80年代にカンボジアから英国に移民したホグ・カウ監督の初長編映画。監督自身が自分の母との関係を脚本化したパーソナルな内容で、若い映画作家のデビュー作らしい佳作映画だ。

夫に先立たれ介護施設で暮らす中国系カンボジア人のジュン(ペイペイ・チェン)は、悲しみに暮れていた。一人息子のカイ(アンドリュー・レオン)が急逝したのだ。英語を話さない彼女は施設内でも孤独をかこち、部屋で息子の幻影と語りあっては、彼の去った現実に引き戻されるという日常を送っていた。そんな彼女の元にリチャード(ベン・ウィショー)が訪ねてくる。リチャードは、カイが生前一緒に暮らしていた恋人だ。だがカイは、母にゲイであることを明かさないまま逝ってしまった。深い悲しみに暮れるリチャードは、なんとかジュンとその悲しみを分かち合いたいと願うのだが、カイとの関係を明かせないことや言葉が通じないことから、もどかしさを感じるのだった。

題名『Lilting』の通り、上り下がりを繰り返す母と恋人それぞれの感情体験を、追憶と現在を行き来しながらデリケートなタッチで見せて行く。透明感のある映像と主演二人の好演に導かれ、最愛の人を失った悲しみがヒタヒタと画面に広がり、二人のカイへの強い愛が浮かびあがる。ただただ悲しくて、身体が縮んでしまいそうなリチャードを演じたウィショーが、とりわけ素晴らしい。『007 スカイフォール』でQ役を演じた英国の若手実力派俳優で、最近になってゲイであることをカムアウトしている。本作は彼の初のゲイ役で、親密なカイとのベットシーンがナチュラルできれいだ。

母役のペイペイは、60年代の香港武術アクション映画で活躍し、『剣劇の女王』と呼ばれた名女優。『グリーン・デスティニー』で悪役を演じていた。本作のような役柄を演じる彼女を初めて観たのだが、抑えたトーンで、寡黙で芯の強い母親を好演。時折声を荒げる時の気迫は、さすが往年の剣劇スターと思わせるものがあった。

中盤から、ジュンに興味を持つ英国人男性(ピーター・ボウルズ)や通訳の若い女性(ナオミ・クリスティ)などが登場し、物語に起伏が生まれて飽きさせず、最後まで母と恋人の感情に寄り添うことができた。

最愛の人を失う悲しみはどうすることもできないが、人はこんな風にして悲しみの底から立ち上がっていくのかもしれない。

上映時間:1時間31分。シアトルは10月17日よりVarsity Theatreで上映開始。

[新作ムービー]

映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。