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セルフハーム:なぜ自分で自分を傷付けるの?〜子どもとティーンのこころ育て

子どもとティーンのこころ育て

アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。

セルフハーム:なぜ自分で自分を傷付けるの?

ティーンの自傷行為がコロナ禍で急増しました。アメリカでは2020年における13〜18歳の自傷行為が、前年比で99.8%増加したとのこと。コロナ以前にも、自傷行為は年間約200万件に及び、ティーンエイジャーの17%、大学生の15%が自傷行為を経験していると報告されています。成人では5%、5〜10歳の子どもでは1.3%と比較的少ないため、ティーンに特有の症状とも言えます。男女の比率は、女子65%、男子35%と女子が男子の2倍近くあり、バイセクシャルでは約半数近くにも上ります。

なぜ、自分で自分を傷付けてしまうのでしょうか? 自傷行為の原因はさまざまですが、一般的なイメージである「誰かの気を引くため」に行われるケースはごくまれです。強い怒りや無力感、絶望感、孤独感といった耐え難い心の痛みから逃れるために、突発的にやってしまうことがほとんどです。また、自己評価が低く自分を責める傾向にある人や誰にも悩みを打ち明けられない人なども、自分を罰する行為として自傷行為に及ぶことがあります。本コラムで以前取り上げた解離(トラウマから自分の心を守る防衛手段として意識を逃し、自分が自分でないと感じる)症状のある人はより深刻で、意識がないまま気付いたら自傷しており、その逆に、自分の感覚を取り戻すために自傷行為に及ぶことも。

痛みというものは通常は避けたいものですが、けがなどで痛みを感じると、それを和らげるために脳内麻薬のβエンドルフィンやエンケファリンが分泌され、一時的に気分が高揚したり逆に落ち着いたりします。この気分を求めて自傷行為を繰り返し、さらなる依存に陥ります。自殺企図(実際に自殺を試みる)との大きな違いは、「死ぬため」ではなく「生きるため」の手段として、やむにやまれずやっているということ。なので、何とか止めようとして「やめなさい」と怒るのは、生きるための手段を奪い、当人をさらに追い詰めることになるので逆効果です。

それでは、子どもが自傷をしている場合、どのように対処したらいいのでしょうか。まずは、自傷に至るほどの心の苦しみを理解したうえで、とにかく優しく接してあげること。自傷は、安心して悩みを相談できる場所が存在しなかったことを示しています。その悩みを聞き、ほかの方法で心の苦しさを解消できるようにすることが大切です。

具体的には、自傷行為のきっかけや状況を客観的に見るため、「行動記録表」をつけます。いつどこで誰と何をしたか、その時の気持ちや考えなどを記録することでパターンがわかり、自分の記憶が曖昧な場合は解離を起こしているなどと気付きます。

また、自傷行為をほかの方法に置き換える「置換スキル」も有効です。自傷の衝動が起こったら、赤ペンで手首に線を引く、手首にはめた輪ゴムをはじく、氷を握りしめる、枕やクッションを殴る、広告の紙などをビリビリに破る、大声で叫んだり歌ったりするなどの代替行為を代わりに実践します。

ただし、こうした方法は、最初は効果があっても次第に慣れてくるので、根本的な問題を解決する必要があります。発達障害、もしくは不安障害や摂食障害などに起因している可能性も考えられるので、専門家の診断を受けることを検討してください。たとえば、不注意優勢型の注意欠如・多動性障害(ADHD)の女性は、自分の髪の毛を抜いてしまう抜毛癖(トリコチロマニア)など、自己刺激行動を起因とする自傷が多いと言われています。

自傷をするティーンの中には、友だちが自傷をしており、親子げんかなどでイライラした時に、ふとその友だちのことを思い出して「自分もやってみよう」と行動に移す場合もあります。子どもだけで自傷をやめさせるのは至難の技なので、子どもが安心して悩みを打ち明けられるような家庭の雰囲気作りを日頃から心がけましょう。そして、自傷をする理由に理解を示したうえで、ほかにもたくさんの選択肢があること、友だちや自身が自傷をしていたら教えて欲しいことを伝えましょう。小さなサインを見逃さないことが大切です。

子育てサポート・グループのお知らせ
「シアトル子育て広場」
第10回 10月27日(木)7:30pm~8:30pm 参加費無料

本コラム執筆者の長野弘子さんが主宰する、子育ての悩みやコツをオンラインでシェアし合う交流の場。申し込み・詳細はウェブサイト(http://www.lifefulcounseling.com/support-group.html)から。

*同記事は、ノースウェスト大学院で臨床心理学を専攻し、シアトル地域の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、ライフフル・カウンセリングで米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー(認定ID:LH60996161)としてセラピーを行う長野弘子さんが、学術データや経験をもとに執筆しているものです。詳しくは、ライフフル・カウンセリングなど専門家へご相談ください。


参考記事

(1) The Impact of COVID-19 on Pediatric Mental Health
https://s3.amazonaws.com/media2.fairhealth.org/whitepaper/asset/The%20Impact%20of%20COVID-19%20on%20Pediatric%20Mental%20Health%20-%20A%20Study%20of%20Private%20Healthcare%20Claims%20-%20A%20FAIR%20Health%20White%20Paper.pdf

(2) Who self-injures? By American Psychological Association
https://www.apa.org/monitor/2015/07-08/who-self-injures

(3) Self-Harm Statistics and Facts
https://www.therecoveryvillage.com/mental-health/self-harm/self-harm-statistics/

ワシントン州認定メンタルヘルス・カウンセラー(認定ID:LH60996161)。ニューヨークと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の記事を寄稿。東日本大震災をきっかけに2011年にシアトルへ移住し、災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウエスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在、マイクロソフト本社の常駐セラピストを務める。hiroko@lifefulcounseling.com