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第5回 二言語で育つ子ども 一言語発達はどう進むの?〜Dr.松浦の診察室から

小児科医が臨床経験と知見をもとに、子育て中の皆さんの不安や迷いに寄り添う情報をお届けします。

第5回 言語で育つ子ども ― 言語発達はどう進むの?

海外で子育て中の家庭では、「日本語と現地語の2つを学ぶと混乱して言葉が遅れるため、片方に絞った方がいいのでは」と心配する声が少なくありません。しかし実際には、バイリンガル環境(二言語環境)でもモノリンガル(一言語)の子どもと同じ言語発達のステップをたどります。多くの研究で幼い頃から複数言語を同時に学ぶことによる悪影響はないと示されています。
言葉の通常発達の流れ
0歳:
言語の発達は生後すぐの泣き声から始まります。生後2カ月から3カ月には母音的な「あー」「うー」といった「クーイング」が見られます。生後4カ月から6カ月頃には「だだだ」「ままま」のように子音と母音を繰り返す音声が出せるようになります。0歳時では基本的に意味のある発語はありません。
1歳前後から1歳半:
1歳になると初語(意味のある最初の言葉)が出始めます。日本語なら「まんま」「わんわん」、英語なら「mama」「dada」などが挙げられます。バイリンガル環境の子どもも同様に1歳半ごろには数語を話せるようになり、身振りを使わなくても1段階指示( One-step command )を理解できるようになります。例としては「ボール持ってきて」「come here」といった簡単な指示です。
2歳:
語彙が一気に増える時期です。2歳から2歳半で語彙が50語程度に到達する子が多く、2語文(「ママきて」「more juice」など)が出始めます。この頃には2段階指示 ( Two-step command )も理解できるようになります。例としては「ここに来てボールを取って」「Come here and grab the ball」のような2つの動作の指示です。
3歳前後:
文法が発達し、3語文を使えるようになり、簡単な会話が成立します。この頃には数百語を使えるようになっています。バイリンガル環境の子どもに、両言語を混ぜて話す「コードスイッチング」という現象が見られることがありますが、これは自然な発達過程で成長に伴い場面に応じて言語を切り替えられるようになります。
4から6歳(就学前):
物語を聞いて理解できる、過去や未来について語るなど、抽象的な思考に言語が結びつきます。二言語のバランスは環境によって差がありますが、「遅れている」というより「どちらの言語を多く使っているか」の違いと考えられます。
獲得する単語数はモノリンガルとバイリンガルでどう違う?
バイリンガル環境で子育てをしている家庭から「言葉が少ない気がする」とよく相談を受けます。日本語だけ、あるいは現地語だけで語彙を数えると、モノリンガルの子より少なく映り「発達が遅れているのでは」と心配になるのは自然なことです。
語彙数の捉え方には「総語彙」と「概念語彙」があります。発達専門医はこのうち総語彙を重視して評価します。たとえば、日本語で「犬」、英語で「dog」を理解していれば総語彙では2語ですが、同じ意味(概念)を別の言語で言う概念語彙では「犬/dog」を1語とみなします。幼児期にはモノリンガルの子より概念語彙数は少なく見えるかもしれませんが、総合語彙数ではモノリンガルの子と同様に発達しているということが多くの研究で示されています。むしろ2つの言語を使えることは、言語的・認知的な柔軟性を高める大きなメリットにもなりえます。
家庭でできる工夫 ― 読み聞かせと親の姿勢
言葉の発達を支える大きな力は、日常生活での言語環境です。家庭での読み聞かせは子どもの語彙や表現力を豊かにする重要な要因であると研究で明らかになっています。子どもは言葉を話す前から周囲の言語を吸収しており、読み聞かせや積極的な語りかけは言語の発達をサポートします。また、親がバイリンガル環境で育てたいと願う場合は、その環境に積極的な姿勢を持つことも大切です。たとえば、家庭内では日本語で話したり日本語の絵本を読んだりすることは、家庭での言語維持と発達にもつながります。
心配なときは相談を
繰り返しになりますが、「二言語で育つと遅れる」というのは誤解です。安心してお子さんとの会話を楽しんでください。ただし、もちろん発達には個人差があります。発語がない、発音が極端に不明瞭、意思疎通が難しい、といったように子どもの言語発達に不安を感じる場合には、小児科や発達専門医に相談することをおすすめします。
松浦 有佑
米国小児科専門医。ワシントン大学シアトル小児病院小児発達行動専門フェロー。日本医師免許取得後、日本国内初期研修を経て米海軍病院で勤務。アメリカ医師免許を取得し、2021年からニューヨークのマウントサイナイ病院で小児科専門医レジデンシーを開始。同時にジョンズホプキンス大学で公衆衛生修士課程を専攻。ともに修了し、2024年より現職。NHKワールドや在米邦人チャンネルさくらラジオでラジオドクター等の出演歴あり。共著には『全く英語が話せなかった私のとっておき医療英語勉強法』『ぼくらのリアル!メディカル英会話フレーズ集』がある。