今や誰もが知る「SDGs(持続可能な開発目標)」。この目標の達成を目指して経営する企業が、世界にはたくさんあります。もしかしたら、あなたが実践者になる日が来るかも? 意外と知られていない、身近にあるSDGs経営を紹介します。
第11回「着たい服」を諦めない社会へ。 ーアパレル産業の構造を変える「キヤスク」の挑戦ー
健常者前提のアパレル産業が見落としていた
「選択肢の格差」
今回ご紹介するのは、病気や障害のある人が抱える「服の不自由」を解決するオンラインお直しサービス「キヤスク」を展開する、前田哲平さんの取り組みです。
起業に至った原点は、前職のユニクロ時代に耳にした「障害のある人たちには、着られる服がない」という言葉でした。気になって自ら当事者や支援団体にヒントを求めていくと、アパレル産業の構造的な問題が見えてきました。既存の服飾業界は「健常者が着る」ことを前提に設計されています。そのため、体が不自由な人々は「自分が着たい服」ではなく「着脱しやすい服」を優先して選ばざるを得ず、おしゃれを諦めているという現実があったのです。障害や病気の程度は人によって千差万別であり、一律の「障害者用デザイン」では根本的な解決にはなりません。この「選択肢の少なさ」という課題をアパレル産業全体で変えていくため、前田さんは独立を決意しました。
当事者に寄り添う「キヤスク」のビジネスモデル
2021年にスタートした「キヤスク」は、既製服をその人の体や生活に合わせてお直しするオンラインサービスです。「Tシャツの前開き加工」や「車椅子ユーザー向けパンツ」など、ニーズの高いお直しメニューを標準化し、自宅からの発送と受け取りで完結する仕組みを構築しました。
お直しの相談から実作業までを担うのは、「キヤスト」と呼ばれるスタッフたちです。中には、障害のある子どもの服を日々工夫してきた経験を持つ人もいます。キヤストは単なる技術者ではなく、利用者の悩みや生活の場面を想像しながら、一人一人の細やかなニーズに応えています。
心折れずに進み続ける原動力と、
急拡大を追わない持続可能性
社会課題解決を掲げる事業は、収益化の壁に直面し、理想と現実の乖離に「心が折れそうになる」ことも少なくありません。そのような中で、事業を長年続けられる前田さんの原動力は、「お客様とキヤスト、双方からの喜びの声」でした。「お直しを通じてお客様が喜んでくれるだけでなく、キヤストも社会参画ができ、やりがいを持って取り組んでくれています。目の前に喜んでくれる人たちの存在が、自分自身の満足と大きな原動力につながっているんです」と語ります。
その理想を現実にするため、前田さんはスタートアップによくある「外部資本を入れて無理に事業を急拡大させる」アプローチを取りません。サービスを必要とする人たちに長く届け続けるための「持続性」を最優先し、固定費を抑えることで、利益至上主義に陥らないエコシステムを構築しています。
「外部資本を大きく入れると、出資者のために無理にでも急拡大させなければならなくなります。障害者向けのサービスが立ち上がっては撤退していく現状を見てきたからこそ、細々とでも『絶対にやめない、期待を裏切らない持続性』が何より大切だと考えました」
無理な急成長を追わず、着実に社会へのインパクトを残す。現在は、キヤスクで蓄積した独自の知見を大手アパレル企業向けの法人支援へと展開し、産業全体の構造を変えようと動き出しています。
SDGsへの貢献
キヤスクの事業モデルは、単なる福祉やアパレルの枠を超え、SDGsの複数の目標に深く合致しています。
まず、健常者との間にある「服の選択肢の格差」を是正するアプローチは、目標10「人や国の不平等をなくそう」に直結します。障害の有無にかかわらず、誰もが自分らしくおしゃれを楽しめる社会の実現です。
また、全国の「キヤスト」の存在は、目標8「働きがいも経済成長も」を体現しています。家族の介護などで外に働きに出ることが難しい人たちに、自宅にいながら自身の経験を生かして社会参画できる「働きがいのある仕事」を提供しているのです。
さらに、そのままでは着にくい服をお直しによって着られるようにする仕組みや、法人支援を通じてアパレル企業に多様な服作りを促す姿勢は、目標12「つくる責任 つかう責任」の達成に大きく貢献しています。
キヤスクの取り組みは、利用者と働き手の双方が救われるストーリーを中心に据えながら、アパレル産業全体を巻き込んで構造を変えようとする、まさに「SDGs経営」の理想形の一つです。自社の利益だけを追求するのではなく、社会全体にポジティブな影響を広げていく。一企業の挑戦であっても、本質的な課題に寄り添い続ける意思があれば、産業の常識は変革できるでしょう。 社会を一歩前進させるのは、SDGs経営に取り組む企業のちょっとした工夫を知った、あなたの一歩です。
株式会社キヤスク代表取締役 前田 哲平■福岡県出身。地元銀行勤務を経て、株式会社ファーストリテイリング(ユニクロ)にて店舗運営、商品計画、Eコマース事業などに20年間従事。2018年から障害者の「服の不自由」についてヒアリングを実施、3年間で約800人の当事者の声を集める。2021年に起業し、翌年、オンラインお直しサービス「キヤスク」を立ち上げる。
参考文献
▪️キヤスク https://kiyasuku.com


















