今年の6月に行われたシアトル国際映画祭に出展した『築地ワンダーランド』は、この日の上映が世界初公開となった。定員270席の会場がほぼ満席になる人気で、「ツキジ」の知名度を再認識させられた。上映会後、 遠藤尚太郎監督、プロデューサーの奥田一葉さん、築地研究者でもあるハーバード大学ライシャワー日本研究所所長のテオドル・ベスター教授に話を聞いた。
取材・文・写真:越宮照代
築地を映画にしようと思われたのはなぜ?
奥田:私は食い意地がすべてで(笑)。それで築地に通い始めたんですが、そこで、食べることに対して真剣に向き合っている人たちを見て、食を見直すきっかけになりました。自分たちがおいしいって言ってるものの裏側のストーリーってすごくいいじゃないですか。日本食がブームになってるのも日本人としては嬉しいけど、日本食の料理人のさらにその奥で働く人たちがいるというのはすごく興味深かったしありがたいと思ったので、世の中に知ってもらえたらという勝手な使命感で(笑)。ただ、これまで誰も築地を映画にしていないというのが意外でしたね。
遠藤監督(以下、監督):僕が映画化したいと言ったときには、まわりはふーん、という反応でしたね。「じゃあ、とりあえず企画書作ってよ」みたいな話からはじまった。築地とひとことで言っても、とても複雑な組織でいろんな人が関わってくる。そのため交渉が大変で、企画書を作るところから実際に撮影に取り掛かれるようになるまで1年かかりましたが、結果的には一番いい形で撮れたと思っています。
映画を通して伝えたかったのは?
監督:築地市場のドキュメンタリー映画ですから、築地を記録し後世に伝えていくのが使命だと思うんですね。ただ、単なる場所としてではなくて、そこで働いている人たちの思い、そして日本人の食文化の素晴らしさだったり、それを支えている人たちの精神性、日本人のものづくりの精神性、そういうことを映画を通して次の世代へ伝えたいっていうのがひとつあります。そして、世界に発信したい。自分たちの文化を客観的に見るのは難しい。だから、海外から評価のフィードバックをもらうのが大事なんじゃないかなって。映画の中でベスター教授に登場してもらったのも、僕たちが気付かないことを客観的に語ってもらう方として適任だと思ったからです。
ベスター教授(以下、教授):今、築地に行くのは外国人がとても多いです。日本の観光局が日本を訪れる外国人観光客に何を目的に来るか質問しているのですが、アニメやゲームももちろんありますが、食べ物とか魚市場にいくというのがトップで、歌舞伎などの伝統的な文化はあまり興味ないようですね。僕も、最初(17年前)に行ったときから築地は面白いと思って研究しようとしたんですが、本がない。こんなに歴史のある面白いところなのに、それを書いたものがないというのはおかしいと思って、それで自分で書きました(編注:『築地』木楽社刊2007年)。
魚が消費者の手元に届くまでどれだけ多くの人の手を通っているかを始めて知って、衝撃でした
奥田:「魚は手間をかければかけるほどおいしくなる」という言葉が印象的ですが、魚は新鮮であるほどおいしいという概念があると思うんですけど、実際には魚を釣るところから食卓に届くまでのプロセスで、どれほど人が手をかけたかで魚のクオリティに差が出るということなんですね。
監督:どういう漁法で獲るか、輸送の仕方、魚の手当て、処理の仕方、加工の仕方、そのすべてが味の決め手で、すでにそういう工程を踏んだものを料理人が買って、それぞれが求める料理の方法で提供するわけです。
奥田:仲卸の方は、この手間をかけるプロセスの中心にいるんですが、一部の仲卸の方はその全工程を熟知していて、(顧客である)このお寿司屋さんはどういう熟成のさせ方をするか、っていうところまで把握しているのは、面白いと思いましたね。
監督:現代人は忙しくて、家族揃ってごはんを食べる家庭もどんどん減っています。それは社会の流れなので変えられないですね。だからこそ季節の節目節目ではみんなで集まって魚を食べたりして、大切なものを残しつつ生活していかなきゃいけない。そういう日本人のあり方を、次の世代を育ててるお母さんたちに知ってもらいたいですね。
季節も重要なポイントになっているようですね
奥田:都会のど真ん中で月の満ち欠けのカレンダーを持っていて、あんなに自然のことを意識して仕事している人たちっていないですよね。満月の時は漁に出ないからと魚の仕入れの量を考えたり。2週間ごとに旬を感じているとか。天然のものだからコントロールできない。そこに一喜一憂しながらする仕事って、なんかすごい。初物(その季節に始めて獲れたもの)が出ると、私たちもわーって言ったけど、誰よりも仲卸の人たちが一番盛り上がってるんじゃないかな。そういう気持ちの盛り上がりが、食に向き合ううえですごく大事なところでしょうね。
監督:1年を通して撮影する中で、旬を迎えるものを映画で表現したかったんです。それで季節ごとに、異なるレストランにお願いして料理を作っていただいた。
奥田:映画では、教授もそうなんですけど、すごい方に出ていただいていますが、築地の映画を撮っているんですって言ったときにみなさん、「築地にお世話になった」とか、「普段いいもの仕入れさせてもらってるから」とか、仲卸さんとの信頼関係があるから、「築地の映画のためだったらぜひ協力したい」と言って協力してくださって、改めて築地はすごい場所だと再認識しました。
築地ワンダーランド
2016年11月に豊洲へ移転予定の東京都中央卸売市場築地市場を、東京魚市場卸協同組合の全面協力のもと、1年間以上にわたり密着したドキュ メンタリー。1年を通じ表情を変えていく築地の姿や、四季折々の魚など、これまでカメラが入ることがなかった築地市場のさまざまな 顔が描かれる。
監督:遠藤尚太郎、企画・プロデューサー:手島麻依子、奥田一葉。
配給:松竹メディア事業部